85 posts tagged “空マニア”
3連休の始まり・・・とは言っても3連休じゃない方は沢山いるのですが・・・(やまごんが、「普通の働き人は3連休か!」って言っていたのが面白かった・・・普通の働き人って表現が)・・・本当に寒かった!
やまごんがちょっと楽しみにしていた雪は降らなかったけど。
先日、あつむくんに「だってそれ、フトン着ているのと同じだもんね!」みたいな事を言われ、はっと悟った私ですが・・・寒かった!
悟った事というのは・・・どうりで近年、「暖冬だなあ」とか、「ここ何年かで、冬の寒さに強くなったなあ」とか感じていたわけだわ・・・と言う事だった。
なんだ私、フトン着てるから寒くないんじゃん!って悟ったという・・・何とも間抜けな話なのですが。
フトンというのは・・・パタゴニアのダウンジャケットの事です。アラスカへ行くために買った・・・そして、まだ行けていない!
あまりにも毎日暖かいので、私にとっては秋用のダッフルコートを着てみたら、普通に寒かったです。
ダウンのあたたかさは、凄いんだなあ!
さて。
今週は・・・忙しかった・・・
ので、何となくテンションが高めの私です。
何と言うか・・・頭がフル回転している感じ。
占いの類に、依存はしないけれど、やっぱり面白いなあと思う。
特に、占星術とか、細木数子さんの六占星術も面白いと思うし、夢占いも面白い。手相だって、きっとその刻まれた線には意味があるのだろうと思う。
身体のパーツのひとつひとつ、皆それぞれ違っていて、そう生まれてきた意味があるように、生まれた日にも意味があると思う。
そう言った意味で、そういうのを掘り下げて研究してきた人が編み出した占いというものに、生命の不思議を知るひとつの窓口があるなあと思うから、面白いと思うのだ。
直感で、これは聞いといた方がいいかも・・・と思った事は、信じていなくても、ちょっと考えてみてもいいんじゃないかなあと思う。
って、こんな話を書くのも、今週、自分の中で面白い変化があったから。
急に、何かのつかえがとれたように、まわらなかった頭がフル回転で動き始めて、次々とアイディアとか言葉が浮かんできて、止まらなかったから、取り敢えずノートに書き留めていた一日があった。
その前日までは、明らかに思考が停止していたような気がしていた。
こう言う事は、時々ある。どんどんどんどん考えが生まれては先へ進み、まさに、コップから水が溢れるみたいに色々と生まれてきちゃうとき。
それで、今回、あまりにもその前日との差が激しくて、私は同じ人物かしら?とさえ思ったので、試しに細木さんの占いでどんな日だったか見てみたら・・・ビンゴだったのです。
前日までは、いわゆる大殺界。そして、アイディアが生まれてきて、フットワークもいきなり軽くなって、色々と調べたり行動する意欲も沸くわ、色々な願ったりかなったりの本に出会ったり・・・とか、色々あった日が、“種子”といわれる日だったのだった。
というわけで、こう言うとき、とての素直な私は、種子のその日に出会ったり考えた事は、育てていこうと思ったのでした。
占いって、そんなふうにヒントすると、面白い事も結構あるんじゃないかなって思う。
当たるとか、当たらないとかは、あまり関係ないっていうかね。私はそう思っている。
いわゆる、「知る」ためのひとつの方法としてとても面白いと思うだけ。
占いがどうあれ、自分の人生は、自分が切り開いていくものだから、例え悪い占いがあったとしても、それに振り回されてはいけないと思う。
愛と感謝の心、慈悲の心を持ち、実践していけば、悪い運気だって吹き飛ばせると思う。
それに、悪いと思うような事だって、自分の人生にとっては最善の学びなんだと思えば、辛い中にも歓びを見いだして乗り切れるんじゃないかなあと思う。
悪い占いが当たっていると思う時には2パターンがあるような気がしていて、人生を適当に生きているから当たってしまうという場合と、しっかりと地に足つけて心身ともに心掛けて生きていても当たってしまう場合。後者については、きっとそれは避けられなかった人智を越えた宿命で、それは決して悪い事じゃないと言う事。そう言う人だからこそ、与えられた学びなんだと思う。
とにもかくにも、占いに振り回される事なく、今、この時を大切に生きていきましょ。
私自身、睡眠不足などで、ちょっと気が衰えているなあと思う時、光に包まれている事と、金色のベールで自分が覆われている所を想像します。
こう言う事って、とても役に立つなあと思う今日この頃。
なんていうか・・・とても気持ちが良くなって元気になっていく。
そう言えば、毎年年末になると、来年の手帳の色を真剣に考えるのですが、今年の色は是非黄色にしたい思いついたら、私の毎年買っている手帳には黄色がなかった。
それで、ある色のなかから直感で選んだ色が金色だった。
何だろう。色の力ってあるなあと思う、今日この頃です。
何故かイライラしちゃっていたから、“怒り”についての智慧については本当に心が洗われる思いがしました。
そうかあ、そういう大切な智慧をちょっと忘れていたんだなって。
まだまだだなあ、私!と思ったら、ムクムクと元気が出てきて、とても気持ちが明るく、軽くなりました。
何て言うか、チベット仏教をああやって読み解いていったダライ・ラマの素晴らしさは、なかなかうまく語る事が出来ない。
そして、もっと元気になるためには・・・太郎さんに会うのがいいなあと思う。
本とか、絵とか、記念館に行ったっていい。
そうそう。
ちょうど今、岡本太郎記念館の企画展が、『透明な怒り』と題されているのだけれど、怒りにも2種類あって、太郎さんのように怒る事は、とても素晴らしい事だなあと思うんです。
だけど、人を一瞬でも憎んだり蹴落としたり・・・そういう風に思ってしまう黒い怒りは、全ての善い行いをなかった事にしてしまうぐらいの力がある。光すら暗い色で覆い尽くしてしまう力がある。
だから、イライラしてきたら、ちょっと自分から一歩離れてみて、観察してみるといいんじゃないかなあと思う。何でこんなにイライラしているんだろう?原因は?え?そんなこと?例えばこれがハワイだったら、NYだったらどう感じるだろう?とか・・・色々な角度から見て行くうちに、その怒りがなんともばからしい事だったという事実に気がついて可笑しくなってしまうだろうと思う。
反対に、よき事のために、怒ることからは、目をそらしたらいけないなあと思う。
太郎さんが、「自分の中に毒を持て」とおっしゃっていたけれど、自分なりの哲学を持って怒っていかないと、生み出して表現していかないと、自分の魂が輝かないし、世界と響きあえないと言う事だろうと思う。
世界中が歓喜するためには、ひとりひとりの『透明な怒り』がどんどんぶつかりあっていくべきなんだろうな。
私は、祈る事を毎日しているけれど、祈っているだけでは、もちろん足りないと思っている。
具体的に実践して行く事が合わさって、やっと面白い形が見えてくるのだと思う。思いがけずに。
例えば、デザインなんかもそうだ。不思議なもので、頭で考えるより、手を動かしていると、思っても見なかったアイディアが生まれて、夢中になているうちに、何だか分からないけれどいいものが出来てしまった、って言う事が殆どだ。
それと同じで、具体的に行動していく中で、人は大きく成長していけるのだろうと思う。
もちろん、その中で忘れては行けない心もあるだろう。
愛とか感謝とか、慈悲の心とか。
そして、私たち人間は、宇宙とこの地球の自然、ほかの生命と共に在る事を忘れてはいけない。
というわけで、すっかり書こうと思っていた吉祥寺でのお話は書く余力がなくなってきてしまいましたが・・それはまた次(明日?)の更新でお話ししようと思います。
ではでは、みなさんもよい週末をお過ごしくださいね!
Aloha
love ,
Ryoco
そう言えば、ショッキングな事に、何となく危惧していたけれど・・・
私は乗り気ではなかったのに、Mieと不動産やさんにプッシュされて、ここに引っ越しを決めた
私なりの大きなポイントのひとつが、この景色だったのに、
どうやら、向かいの会社のビルが壊された後に出来るのは、マンションらしく、
それが出来れば、確実に景色が奪われてしまいます。
それも、今年中にはそうなるのでしょう。
いよいよ、本気で引っ越しを考えるべきなのかなあ・・・と思うけど、先立つものがない。
ああ、無常とは言え、もっともっとこの景色を見ていたかったなあ。
もうじき「さようなら」することになるのかと思うと、
今こうして広がっている景色が、奇跡みたいに思える。
また、真夜中に目覚めてしまった・・・
今年は、この癖を無くさないとなあ。(ハワイ島から帰ってきてから続いている癖・・・)
「ふ」で始まる言葉っていいなあ〜と思った一日でした。(?)
「ふわふわ」とか、「ふっくら」とか、「ふーちゃん」?とか、「ふさふさ」とか・・
なんか、やわらかくて優しい感じがする。
そう言えば、「不思議」って、サンスクリット語から来ているって、朝ラジオで言っていたっけな。不思議(正確には摩訶不思議なのかな)とは、本来は、「人知を超えた素晴らしさ」という事だ。
家を出る直前に聞いた話だったけど、これには、へえ〜!って感動してしまった。
そうそう。そのラジオで、押尾コータローさんが出演していたのですが(生演奏がとても素敵だった)、彼がハワイ島でアルバムを録音したそうなんですが、そこで、「なぎさ」というのを英語で伝えるのに苦労したとかって話をしていた。確かになあ・・・「ビーチ」じゃ違う感じもするしねえ。。
日本人は、人によって、渚のイメージがちょっとずつ違うのかもねえ〜とお話ししていたのを聞いて、なるほど、そうかもなあ〜と初めて思った。
みなさんは、「なぎさ」って聞くとどこら辺を思い出しますか?
と、そんな事を考えていたら、なぎさちゃんのことを思い出した朝だった。
休日モードの身体のせいで、お弁当を作るのを断念して、出掛けたのですが、一日が終る頃には、何だか気持ちが軽くなっていた。何でだろうなあ〜
昼は、思わずマクドナルドを食べてしまって、「今年2回目じゃん!」って、自分でビックリ&今年の食生活の変化に危惧したのですが・・・(だって、昨年なんか多分一年を通して2回行ったか行かなかったかくらいだもの・・・)
もしかしたら、帰りに寄ったお花屋さんが良かったのかなあ〜
だって、春の花が満載で、賑わっていたから。
チューリップも色んな色があって綺麗だったけど、まあるい薔薇にしました。
何だか、今日は、ふっくらとか、まあるいとか、そういうやわらかい感じのイメージが頭にあるみたい。
ベビーロマンチカっていう名前だそうだ。とってもかわいい!
そういえば、うちの弟は庭師だから、お正月に実家の庭とかをチェックしていたけれど、今年も既にハナミズキの芽がふっくらとた〜〜っくさん芽吹いていたそうですよ。隣のハナミズキの木は、昨年は貧弱だったけど、今年は沢山芽吹いているそうだ。実家のハナミズキは、私がハナミズキが好きだから、弟が植えてくれたのです。東京で目にするアメリカハナミズキのような華やかさはないけれど、凄くかわいくって大好きです。
そんな私ですが、みなさん、いかがお過ごしですか?
きっと、夢の中でしょうねえ〜!
そうそう。
なぎさちゃんを思い出したせいか・・・Aアニキから電話があった。
お互いに、「あけ・・・×○△」「今年も・・・×○△」とあいさつしあったあと、ビックリ!
なんと、国際通りにいるというじゃないの!そうですよ、オキナワですよ。
いいなあ〜〜
いいなあ〜〜〜
でも、すっかり綺麗になってしまったオキナワに少し残念がっていました。
しかし・・・わたしがAアニキとmiyuとあそこを訪れたのが12年前だなんて・・・ヒエ〜!
という事は、私は最後にオキナワに行ってから、10年も行っていない事になる・・・
あの頃は、こんなにインターネットもコンピュータも普及していなかった時代だったなあ・・
満喫してきてほしいですな!
私も、そろそろまたオキナワを訪れないとなあ・・・
「かわいい天使がついているよ」と言ってくれた方が、「あなたはオキナワがいいよね」と何故か言っていたので、また行かないとなあ〜
とは言え、今年はもう既にハワイ島行きが決っているのですが。
このお話は、また次回にゆっくりと。
しかし、旅先で電話って嬉しいものですね。
後ろから、オキナワの音が聞こえてきていました。
えんだ〜(A&W)も行ったそうだ。いいな〜!ね、miyu!
今日は、さっそく煮たまごを活かして、焼うどんをつくってみました。
味付けは、だしと、生姜と煮たまごのタレくらいだったかな。
これが・・・美味しかった!
煮たまごは、半熟じゃないのが残念だけど、煮たまごバンザイ!
セロリを炒めるのを忘れてしまって、くやしいから生で添えました。
今年は、このように、少し自分のオリジナルを休憩して、料理本に学ぶ事もしていこう!(とは言え、これも煮たまご意外は、オリジナルだけど・・・)
そうそう。年末年始で、家にいなかったのと、外食が多かったせいか、残っていた人参さんと牛蒡さんを駄目にしてしまった・・・有機栽培だから持つと思っていたけれど・・・駄目だった。
ああ、ごめんなさい!
食べ物を無駄にしてしまった時、心からごめんなさい・・・という声が出てくる。
年末年始も一生懸命余らないように作って食べたのですが・・・買った食べ物はちゃんと食べきらないとね!
さて、目が覚めたついでにブログを更新してしまったけど、夜はちゃんと寝ないとね!
そう言えば、今夜ははっちゃんから電話がなかったなあ・・・
ではでは、
よい夢を!
Aloha
love,
Ryoco
すっかり、生活のリズムが、バケーションモードになっていて、明日から大丈夫かしらんと思っている夜ですが、みなさんは、いかがおすごしですか?
さっきも、はっちゃんから電話があったのですが、どうやら今日は、あっこちゃんのおばあ様のお通夜があって、両家のじぃじ、ばぁばが揃っていたので、はっちゃん的には嬉しくて全開にはしゃいでいたそうだ。
電話でも、元気いっぱい。受け答えも、前よりしっかりしてきていてビックリする。
そして、去り際も、相変わらず爽やか。だって、こちらから「じゃあね!」と言わなくても、もういいやって思うと、「バイバイ」って言ってくるのだから・・・可笑しい。
さて、今年は、ずっと買わないできた卵を買ってみました。煮卵づくりにチャレンジしたくて。
そして・・・久々に卵を茹でたら、失敗・・半熟にならなかった。そして、卵が新しかったせいか、皮が身に密着しちゃって、綺麗に剥けなかった!
現在、冷蔵庫で冷え冷えになろうとしているけれど、一体どんな味なのだろうか。でも、半熟じゃないからなあ・・・
今年は、料理ももっと、色々な事をやっていけたらなあ〜〜と思っている。
せっかくオーブンがあるのだけど、いかせていなかったから。
お菓子作りとかパン作りとかも、してみたいなあ!
そう言えば、あっこちゃんがお正月に、パパパッと朝に作ったと言うポンデケージョらしきものが、と〜〜っても美味しかった。
さて。
今日は、代々木公園に、行ってきました。
木々の中を歩きたかった。
途中で、出会った木がとても心地よくて、もたれかかったりしていたら、背中が暖かくなった。
木々との対話は、私にとってはとても大切な時間なのです。
木のぬくもりが、身体をふわっと包み込んでくれるのを感じるの。
寒い冬には、ぬくもりを。
Aloha
love,
Ryoco
追記:
エンジェル・カードって知っていますか?
これが、とても不思議なカードなんです。
どうしても聞きたいことがある時に、天使に問いかけるのですが、本当に必要な言葉がそこに出てくるの。
まさに、感覚で受け取るメッセージなのだけど、本当に感動します。
是非やってみたいなあと思う人がいたら、お会いする時にカードを持っていくので言ってね。
不思議なんだけど、昨年、天使がついていると、言われる前に、このカードを買ったんですよ。
そして、大掃除をしていたら、天使の絵が出てきた。
天使は、本当に側にいるなあと、感じずにはいられない、今日この頃です。
おまけ:寒い冬に欠かせないのは・・・あったかパンツ!
もの凄い書いておきたい事が山積みなのですが、それは手帳でもなく、日記帳でもなく、このブログだったりする。
前へ前へと日々進んでいるから、一度書いたものを読み返す事などあまりないけれど、それは手帳や日記帳だって同じこと。だったら、こういう公共の場に記しておいて、誰かの必要な時のお役に立てたらなあ〜と思う。
その確率や、かなり低いのだろうけど、個は全体でもあるのだという事が私の中にあるので、共有出来る限りのものは惜しみなく共有していきたいなあと思う。
初夢、見ましたか?
私は大体いつも、初夢って覚えていません。
3日の朝だったか、民宿所みたいな、合宿所みたいな所の部屋にいて、その窓から外を見たら、もうすぐ側に水辺があって、それは海なのか湖なのか分からないけれど、とても澄んでいるのが分かった。
私の部屋は、何故か開放的な部屋で人が行き来していて、私の部屋を通ってみずに入っていった人の体が、全部透き通って見えたので水の透明度が分かったのだった。驚いて、外に出ると、美しい水が広がっていて、綺麗な苔のような水草のようなものが、ふわふわと密集していて、その上を感触を確かめながら裸足で歩いた・・・というような夢だった。
と、思えば、5日の朝は、もの凄い怖い夢を見た。
私は、古い一軒家のような所にいて、友人やその他の人も数人いて、あるうす気味の悪い人物(見かけは普通なんだけど、ゾンビとしか言いようのない気持ち悪い雰囲気がある人)が殺しにくると予告しているにも関わらず、そこから逃げようとせず、恐怖を感じていた。
どこかで、これは夢だと分かっているからかもしれないけれど、何故逃げないんでしょうね。(笑)
家の片隅で、唯一の男性一人と、もう一人の女性と肩を寄せあって、怖い夜を過ごしていた。この男性が頼りだ・・・!と、すがるような思いだったのに、ふと、「あ、あれをとりにいってこないと」なんて呑気な様子で、なんと夜の窓から上の階(?)に、にょ〜っと行ってしまわれた。
そこからが、怖かった。そのゾンビ男が、「明日の朝、行くからな」みたいな感じで、窓の向こうから一瞬現われて、こちらを凝視しているのが、ぞっとした。
そして、朝。予告通りに現われた男に、恐怖は頂点に。夢だから、銃なんて持っていたらひとたまりもない・・・と思っていたら、ちゃんと銃を持っていて、それはライフル銃のようなもので、乱射し始めた。
そこには、友人など沢山いた筈なのに、そんな時、その人たちの盾になる精神的な余裕や肉体的な反射神経など私にはなかった。「逃げないと!」とだけは叫んだと思うけど、みんな固まってしまって動けないでいるのが、不思議だった。
私は、ガラスのドアから外に飛び出したのだけど、後に続く人がいない。「何故?」と思って、ちょっと中を覗くと、そのゾンビが銃を乱射していた。何故皆逃げないのだろう・・・・と恐怖心の中で思っていたら、目が覚めた。
こうやって、文章にすると、なんとも間抜けな話の流れなんだけど、殺されるかもしれないって言う恐怖とはこんなに恐ろしいものなんだって言うのだけはリアルに感じた。
あまりにも、怖い感覚だけが残っているので(特に、あのゾンビのような男の存在感が気持ち悪かった)、いい夢を見直そうと思って、すぐに寝ました。
その辺のフットワークは、私は抜群なんだなあ・・・(笑)
だって、その後怖くて眠れなくなってしまったら、一日あの恐怖を引きずる事になるからね。おかげ様で、次に目覚めた時には、その恐怖心は消えていた。
この夢を見た時に、ああ、これは精神的なものや肉体的なものが作用していたんだろうなあ〜と思った。
『骨盤にきく』の片山洋次郎先生が、生理について書いていたものが、まさにそうだなあと実感できたという意味では、とても興味深かった!
骨盤から見る生理とは、生理が始まる4日前から右側の骨盤がゆるみ始めて、左側がゆるみはじめると生理が始まるそうだ。
生理4日めが一番骨盤がゆるんだ状態になるって言うのが、ごく自然な変化だそうですが、こういう骨盤がゆるむ、縮むといったことに負荷がかかってうまく行かないと、生理痛などの症状があらわれる。それだけじゃなくって、月経前症候群といわれるものもあらわれる。
骨盤が自然に緩んだり縮んだりする事って、とても大事で、本来は、それに逆らう事なく生活するのが一番いいのだろ思う。それがよく分かるのが、生理の時の体の変化なのかなあ〜と思うのだけど、骨盤がゆるんでいく生理の4日めまでの間に無理をしてしまうと、骨盤はゆるみきれない。特に、4日めは、緩みきって縮み始めると言う変化の時だから、実は一番ゆっくりとリラックスしていたい時期。
でも、4日めこそ、無理をしてしまう人が多いのではないでしょうか?
例えば、生理痛のあった人も、4日めは楽になっている筈だし、出血も少なくなってくる頃だし。
ゆるみきった骨盤は、自然と縮んでいくけれど、ゆるみきらない骨盤は、縮みにくくなるそうです。それはどういう事かと言うと、骨盤の緊張状態が続く事になるということで、それによって、生理不順だけでなくて、色々な体の不調に影響してくるというわけだ。
身体って・・・神秘ですよね。肺が呼吸しているみたいに、お尻だってそうやって呼吸しているのだ。
そのことに、気づいていってあげる事が、忙しい現代人にはとても必要な事だなあと思う。
薬でごまかしている体は、いつか必ずくじいてしまう時が来るのだろう。
だけど、そういう時こそ、身体を調整して立て直すまたとない機会なんですよね。
それは、身体だけに関わらず、人生でもそうなんじゃないでしょうか。
不調なとき、不安な時こそ、じっくりと自分を見つめられるチャンスで、ついていないわ!と、自暴自棄にならないで、ちょっと客観視するくらい突き放して、自分の事を見つめてみると・・・それは忍耐も必要となってくるけれど・・・案外、楽しめるものです。
自分の身体、心、持っているものこそが、最大の実験現場なのだと思う。ここに、自分の人生に必要な宝物がわんさか詰まっているのだ。見つけようと思えば、いくらだって見つけられるのだろう。
無駄な時間など、一秒たりともないのだ。
というのは、最近特に思う事だ。
それは、忙しいこの東京で、あまりにも時間の無駄をしない事に、疑問を感じて思った事だ。
「いかに、時間の無駄をなくす」ということが、いい事だと思い過ぎているのじゃないかしら?と思う。
無駄に思える時間を楽しめなくなったら、この世の中は本当に、イライラする事だらけのつまらない世界に見えるのじゃないだろうか。
それに、「あれは、無駄な時間だった」と、嘆いている時間、いらついている時間の方が無駄なんじゃないかしら?と思う。更に言えば、そういう嘆く時間があったからこそ、そういう時間がいかに無駄だったと思えるわけだから、その時間も無駄ではないのだ。
物事の、底辺にぶつかった時、そこにいかに光を見いだしていけるかということが、人生の醍醐味であると思っています。
それは、逃避とは違うのだ。だけど、ある時期、逃避したっていいのだと思う。
その人にとって、もっと言えば、その人の身体にとって、そうした方がより世界に大きく開いて行けるのだろうから。
人の身体が、ひとりひとり違うということは、その人の哲学もひとりひとり違ってくるのだ。治療方法は、人の数だけあるのだろう。そういうことを、それぞれが真剣に、のびのびと哲学していけば、もっと世界は豊かになるだろうと思う。
哲学や身体は人の数だけあって違うのだけれど、共通している大切な事は、ごくシンプルな事なのだと思う。
矛盾に聞こえるだろうか?
でも、このシンプルな事と複雑な部分の矛盾を、「どうしてそうなんだろう??」と、疑問を持って、自分自身、時には人間同士、自然とだって、ぶつかりあっていく事が、生きる喜びなんじゃないななあと思う。
疑問を持たない人生なんて、つまらないだろうなあと思う。
だって、疑問も何にもないのならば、もう人間に生まれてくる必要などないだろうから。疑問を持つことがない人は、きっとそれにぶち当たるまで、何度でも生まれかわってくるのだろうと思う。
疑問を持つこと、そこまでだって、長い長い旅路なのかもしれないなあと、最近はよく思う。
あかちゃんから大人になるまでの、身体や意識の変化は、魂の縮図でもあって、どんなに立派な大人に見える人だって、魂からしてみたら、あかちゃんの場合だってあるのだろう。
だから、年齢を越えた、他人への敬意というのは忘れてはいけないなあと思うし、そう思えば、イライラする出来事にも、優しくなれるのではないでしょうか?
自分の方が、多く気がついていると思った時、親があかちゃんを無条件で愛するように、その人のことを包み込んでしまえばいい。
敵と思える人こそ、自分にとって最良の宝なのだろう。
一番、イライラする原因に対峙した時に、リラックスできたなら・・・身体が自然にゆるみ縮む事が出来たなら・・・きっと世界はぐっと大きく自由に広がっていくだろうと思う。
これは、多くの人にとって、とても難しい事だろうけれど、人生には、その気になれば、無数に越えるべき面白い壁が沢山あるんだろうなあと思う。
誤解してほしくないのは、無理矢理、イライラする原因を作る必要があるのではなくて、そういうものと対峙するしかない場面に直面した時に、どうやってそれとつき合っていくかということだ。
そういった事に、うまく、気がついていけるようになると、心がのびのびと呼吸をしているのが分かるようになると同時に、身体の豊かな変化が実感できるようになると思う。
そういう喜びは、何にも変えられない、気持ちのいい体験じゃないでしょうか。
私は、あらゆる壁にぶち当たって、とても辛い別れがいくつかあって、色々な哀しみとも直面して来たけれど、もう何も光が見えなくなった事もあったけど、今は、とても光に包まれていると実感している。難題は、生きている限り、消える事はないだろうけれど、どんな時も、光を見失わないでいこうと思う。
最悪の事が起きている瞬間だって、これこそ、最良の経験だわ!って思えるようになりたいと思う。
人生って、やっぱり素晴らしいなあって思うから。
この、地球に生まれて来る事が出来て、本当に良かったと思う。
昨年までの間に、あらゆる、素晴らしい本との出会いがあった。今まで出会ってきたものとも、より深く出会えたと実感している。
心のことを突き詰めていくと、もちろん、行動することが重要になってくるわけで、そういうことを考えていくうちに、自然と身体への色々なアプローチについて知らない事、足りない事が沢山あるなあと感じてくるわけで、そんな時に素晴らしいものとの出会いがあった。
ヨガは、その中でも素晴しいのだけれど、とりわけ昨年感動したのは、他者との関わりという点を考えていた時に出会ったハワイのロミロミと、片山先生の本だろうなあと思う。
こうやって私が日々考えたりしている事は、岡本太郎という言葉で全て説明がついてしまうのだけど、それだけ、彼が岡本太郎として生きた生涯は、尊いなあと思う。
そして、常に思うのが、尊いものは、尊ぶだけでは駄目だと言う事だ。
小さきものは、小さきものなりに、今この瞬間を精一杯楽しむ事が、面白がっていくだけだ。
生命の神秘は、きらめきは、いつだって望めば近づいてきてくれる。
だってね、もともと持っているものなんだから。
さて、恐い夢の話に話を戻すと・・・
何しろ、このお正月、生理一日めから、睡眠時間もままならず、身体を酷使した。でも、精神的にはとても楽しい3日間だったけれど、問題の4日目にあたる時、仕事に戻ると言う憂鬱と思ってしまうようなストレスがあった。それが、大きく身体に作用したんだろうなあと思う。
からだが緩む時期は、テンションが下がる時期。そういう時に、テンションがあがるような事があると、バランスを崩しちゃうんですね。実は、自分でもビックリするくらい鬱っぽい気持ちになった。
でも、そんな時程、「へえ〜、なんでだろう?」と、辛いなあと思いつつも、片山先生の本を開いて自分の身体を観察したら、なるほどなあ〜、骨盤が緩む時期にそうとう頑張り過ぎたせいだなあと思った。
だから、とても面白い経験だった。本当に、4日目って重要なんだなあって。
身体の事を知れば、闇雲に悩まなくてすむ。思わず無理をしちゃって、心身共に辛いなあと感じて、倒れそうになったって、ああ、そういうことだったのかって思えるだけでも、リラックスへの糸口になるものだ。
気がつく事で、ふっといい気がまわって、思いがけず楽しい時間が過ごせたりするもの。
この東京という街は、簡単に、間違った方向へシフトしがちな街だと思う。
強烈に魅力的なエネルギーに満ちているからこそ、強烈に人々のエネルギーが集まっているからこそ、流されていては、あっという間に自分を見失ってしまうのだろう。
どうか、「KY」とか、つまんない事言っていないで、自分を読んでいってほしいものです。
自分を知る事は、他を知る事だと思うんです。
他ばかり気にしていたら、一向に自分の中の宝物に気がつけません。
自分の中に宝物を見つけようとしない人は、いくら空気を読んだって、成長できないと、私は思います。
空気を読めなくたって、いいと言ってしまうけれど、きっと社会生活はそれじゃあうまく行けない事もあるでしょう。哀しいくらいに、空気を読めるようになっているなあと感じたら、読んだ上で、それを打ち破っていくくらいじゃないと、人生は閉じてしまうと思う。
人生は、かってに生きるという意味ではなくて、真に自由でなくてはいけない。そのために、そういった窮屈な社会や「KY」のようなくだらない価値観があるのだろう。
多くの制約の中でこそ、自由に生きていこう。
難しいね。
でも、難しいことも、越えていけば、とても簡単に思えるものだろう。
まずは、大きな夢を見る前に、他人をどうこう言う前に、自分を越える事から始めなければいけないのだ。
精神はともかく、身体は、正直だから。
シンプルに見つめたいならば、まずは身体と向き合ってみたらいいと思う。
愛する人の、不調なとき、お腹に触ってみたりするだけで、色々な事がぐっと聞こえてくるかもしれません。
または、自分の身体を優しく触って、耳を傾ければ、簡単に駄目な所が見えて、笑っちゃうくらいシンプルでなかなか変えられない自分の芯に出会って、感動するでしょう。
大切なことは、治すことじゃなくて、とことんそんな自分を受け入れて、つき合っていく事、愛する人を始めとして、他者をありのままに受け入れ、つき合っていく事。
そして、そこにあるのは、愛と感謝の心じゃないでしょうか。
今、この瞬間、おこっている事は、どんなに酷い事だって、
私にとって、あなたにとって、最善であるという事に、
「ありがとう!」と言える日々でありますように!!
飛躍したいならば、その種を生み出すのは、
それは、私の、あなたの、内側にある。
それは、作り出さなければ、一向に芽が開かないという事を、
忘れないで、生きていこう。
無駄と思える時間こそ、にっこり見つめよう。
Aloha
love,
Ryoco
追記:
そんな怖い夢を見た日、思いがけず、クミちゃんとあつむ君に会い、新年の乾杯をして、楽しい時間が過ごせた。
代々木公園近くにあるLIFEでフルボトルワインサービス券があったのだけど、ワインが好きな人の顔が浮かんでこなかったので、声をかけてみたら駆けつけてくれたのだった。
フットワークが軽いって素晴らしいな〜って感動!自転車で行き来できるって素敵だ〜
前菜も、ピザもパスタもおいしくって、デザートもおいしかったし・・・大満足でした。
そして、なによりも楽しかった〜
とっても大好きなお二人さん、今年も、よろしくお願いいたします!
おいしい林檎もありがとう!
そろそろ、お正月気分も過ぎたころでしょうか?
お休みなんて、あっという間、今年も始まってから5日経ってしまいました。
私は、4日からお仕事が始まっているけれど、今年は10連休ぐらいあった方も多かったのではないでしょうか?
いつも、年賀状のお返事を書くのは、3日を過ぎた後くらいになってしまうのですが、年賀状をいただいた方、到着までもう暫くお待ちください・・・!
年末年始は、実家へ帰っていたのですが、見事に姪のはっちゃん三昧でした。
すっかり、気に入られてしまって、こちらへ戻ってきてからも、夜になると「ねぇね!」と、電話をしたがるみたいで、弟の携帯から着信がある。
出られなかった時は、とても残念だけれど、この前出た時は、電話のこちら側からでも、成長が分かる感じがした。
毎日会っていて思ったけど、本当に毎日驚く程成長しているのだ。
電話の向こうの小さなはっちゃんと、言葉で意思の疎通が少しでも出来るのはとても嬉しい。忘れられないうちに、また会いに行かないとなあ!としみじみ思った。
はっちゃんは、どんなに楽しく一日遊んでいても、自分の家に帰るのは嫌じゃないみたいで、去り際が何とも良くてビックリした。帰るモードになると、「バイバイ!おうも〜(どうも〜)!」と何度も言って、手を振って元気に去って行く。その姿が何とも面白かった。
それにしても、1歳半を過ぎると、こんなにも色々出来るのかと思う位だったなあ。
記憶力ももの凄くて、なんでも真似をして覚えてしまう。
それに加えて、やっぱり赤ちゃんって言うのは、本来持っている性格というのものをある程度持って生まれてきているとしか思えないと感じた。どう考えても、パパ・ママをはじめ、周りの人たちの影響だけじゃないだろうなあと思える性格があるからだ。
はっちゃんの中にある、世話好きという性格が、なんとも面白い。自分が世話される立場にあるにも関わらず、大人の世話をせっせとしていた。特に、食事なんか、自分が食べて、それを、相手にも食べさせて・・・と、常に分け合う精神があって感心した。
あと、自分のために大切にとっておいたお気に入りのミッキーのかまぼこたちを、まずひとつ私のお茶碗の上に乗せたので、「ありがとう!」と言ったら、次々と乗せてくれるので、「いいよいいよ、もういいよ!」と言ったら、首を振って、あれはまるで、「いえいえ、いっぱい遊んでもらっているから、食べてください!」と言っているような目つきで、私に箸まで持たせて、食べろ食べろと促してきた。
それを見て、みんなで笑ったら、はっちゃんはもう最高に楽しかったみたいで、あはははは〜!!と、かわいい声で精一杯息を吸って豪快に笑い、止まらなくなってしまって、家族全員が、転がるくらい笑い倒した。
あれが、私たちの初笑いだったなあ。
なんて言うか、まだ1歳だけど、大好きな人たちの幸せが自分の幸せなんだっていうのが、滲み出ているのだ。
私自身は、お正月早々、月のものが始まって、かなり体力的には大変だったのだけど、もう本当にクタクタになるくらいはっちゃんと遊び倒したのは、いい経験だった。(はっちゃんママのおばあさんが亡くなられたので、日中はずっと預かっていたのだ)
もう本当に、1日の夜は電池が切れたようにパタッと倒れてしまったもの!
やっぱり、母親って凄いなあと思った。
急に眠くなって、泣きはじめて、必死に私にしがみついて抱っこをしてもらいたがって離れようとしなかったときなんかは、少し、キュンとしてしまった。
ああ。はっちゃんの面白いエピソードはもう本当に山のようにあって、それを書いていったら、きりがなくなりそうなので、これくらいに・・・!
さて。
カウントダウンは、いつものごとく、やまごんと。(とは言え、昨年は各々年越ししてから会って初日の出を見に行ったのだけど)
今年は、初二人きりだった。アユミがもう本当に久々に来たがっていたのだけど、風邪がどうにもこうにも悪化してしまったようだった。31日に熱があがってしまっていると言う、かわいそうなアユミ。これも、お母さん故の大変さだなあと思った。
また絶対に会おうね!!
とりわけ、地元のお店を知らない私たちは、適当な居酒屋に入り、乾杯(私は車だったのでジュース)した。それにしても、車を降りた時の空がきれいだった事!
三日月も綺麗だし、星が沢山見えた。冬は、空気も澄んでいるから、更によく見えるのだろう。
色々な場所で、年越しをしているけれど(ファミリーレストランっていう年もあったなあ)、今回の居酒屋では、ひとテーブルごとに祝い酒が振る舞われた。
そして、1時くらいに、コーヒーでも飲みにいこうと、近くのスターバックスに行ったら・・・お店に入るなり、「りょうちゃん!」と、これまた懐かしい人と再会してしまった。
昔、アルバイトでお世話になった方。私よりずっとずっと年下であるけれど、先輩。
なんと、店長をされているそうで、それにもビックリした!スバラシイ!
「明日は、9時出なの〜!」と、2時前に帰っていかれた。
ドライブスルーがあるからか、閉店時間が2時なのですが、そんなスターバックスって凄い貴重だなあ〜と思った。年末だからか、お客さんも深夜にも関わらず結構いた。
そして、いつものごとく、何を話していたのか・・・やまごんといるとあ〜〜っという間に、時間は過ぎ、今年もしっかり2008年を迎えられた所で、解散!
いつもいつも、ありがとう!今年もよろしくね〜!やまごん。
実家に帰ると、両親のメモが・・・どうやら、初日の出を見に行く事にしたようだ。
というわけで、急いで布団に入り、少しだけ眠った。
それから、とっても寒い中、支度をして、出掛けた。
「もうお日様があがっちゃうんじゃない?」と言いながら目的地を目指す、のんびり家族。完全に、こういうイベントごとに慣れていない私たち・・・
目的地に着いたら、車が止められない程人が集まっていた。
みんな・・・初日の出が見たいんだねえ!
そこにいる人たちみんなで、日の光を浴びて喜ぶって言うのは、なんともいい光景だなあと思った。
どんなに便利な世の中になっても、人は、自然の力を感じていないと駄目になってしまうと思う。太陽の光を浴びるというのは、どんな場所でも接する事の出来る自然との対峙だものね。
そういう小さな喜びを、日々、忘れてはいけないなあと思う。
そして、その足で、近くの成田山・・・ではなく、芝山仁王尊というお寺に行った。
何でも、本来は成田山ではなくこちらがメインになる筈だったとかのお寺・・・とても、静かで素朴な雰囲気がとてもいいお寺。
おみくじは・・・なんと親子揃って大吉!!
成田山では考えられないくらいすいていて、とても静かに、穏やかに初詣が出来たので、とてもよかった。
思いがけず、初詣もすんでしまって、清々しい気持ちで家路についた。
それからその日は・・・夜まで眠らなかった!
おせち料理に、鼻をクンクンさせたり、ピカピカのお天気に気持ちよさそうにしている我が家の猫たちを癒し癒されながら、はっちゃんがやってくるまでのつかの間の、のんびりしたお正月を過ごしました。
3日、帰りに、Mieと、ちーちゃんのお家に寄って来れたのも嬉しかった。
ちーちゃんのお腹には、しっかり二人めの命が息づいていた!なんとも・・・生命の不思議だわ!!
むすこクンは、はっちゃんと同じ歳。ガールズトークもあるなか、母業の大変さとか、結婚してからの話とかにも及ぶ辺りが、私たちもすっかり大人なんだなあと感じた。(私たちは高校生からの仲)
ここでの話で、色々と感じた事があったのだけどそれはまたの機会にお話しできたらなあと思います。
そんなこんなで、自分時間が殆どなかったと言っていい程の、お正月だったけど、とても楽しかった。
2日は、はっちゃんママがいないので、弟とはっちゃんと私で、ショッピングセンターに行ったりと、プチ・お手伝いが出来たのもいい経験でした。
あっこちゃんは、大好きなおばあちゃんが亡くなって、哀しみに暮れたお正月だったけど、早く元気になるといいな。でも、最後に一目会えて嬉しかった。
ひとまず、年末年始の近況でした!
自分の事は、追々これから考えましょう・・・!(笑)
こんな私ですが、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします!!
みなさんの、一年が、健康で喜びに満ちていることをお祈りいたします。
私たちの身におこる全ての事は、そのときの最善である、という事を見つめられる目を忘れずに。
そこにあるメッセージに、耳を傾けていこう。
どんな時間も、無駄な事など何もない。
Aloha
love,
Ryoco
今朝は寒かったですね〜
まだまだ朝の寒さなんてへっちゃら!って思っていたけど、今朝はさすがに一旦起きたのに、ベッドに戻ってしまいました。
こんばんは。
みなさん、風邪などひいていませんか?
なんでも、風邪じゃなくてウィルス性の胃腸炎?のようなものも流行っているようです。
気をつけてお過ごしくださいね。せっかくの年末、元気に過ごしたいですものね。
冬は、どうしても寒さや気候のせいで、体も冷えるし、気が滅入りやすい時期なんだと思います。
どうか、暖かくお過ごしくださいね。
冬こそ、情熱を燃やしましょう!
私の相棒のクワズイモちゃん。
冬なのに、ちゃんとBABYを生み出しています。
でも、このBABYのために、大きな葉は、さようなら!と、命をBABYに託し、しなびて行きました。
そういうのが、わかるようになってきた。
新しい命に、十分な栄養が行くように、葉を落とすのだろう。
寒さにも負けず、すくすく育っています。
熱帯の植物が、この東京の冬を越すなんて、凄いですよね。
うちの近所は、バナナの木を植えている人が多いのだけど、バナナの木が冬越えするって言うのも、凄い!
きっと、南国にいたほうが、のびのび育つだろうに。でも、植物たちは、文句ひとつも言わず、環境に順応しようと試みる。
昨日は、もしかしたら今年最後になってしまうかもしれないマルイチベーグルへ行ってきた。
3時くらいだったかなあ・・・とっても寒い中、あっという間に、列が出来てしまった。焼き上がって、私はぎりぎり買えたけど、後の人たちは、また2,30分待ってでも買いたいのだから、凄い人気なのだなあ〜。
丁寧に、断りの挨拶にくる姿勢は、前から変わらず丁寧で、これだけ人気が出ても、本当に奢らず、最初のころの情熱を失わないでベーグルを作り続けているなあと、感動する。
今回は、何と、ツナにしてしまった。珍しい〜
でも、これがまた美味しいんですよね。胡椒がきいていて、オリーブも入っていて。
シナモンレーズンも焼けたので、朝食用に買ってきました。
マルイチベーグル、買ってほっとする、マルイチベーグル。
いつでも、最高です!ありがとう!
gooood monning!!
休日の朝だというのに、6時に目が覚めてしまいました。
でも、あまりにも空がきれいだったので、ベランダに出て空を眺めまていました。
う〜ん、気持ちがいい!!
先日、割と混んでいる電車の中で優先席の前に立っていたんだけど、とある駅でお客さんがば〜っと降りたとき、優先席だったし、特に座ろうとすら思わなかった。私の前に座っている人たちは降りなかったし。
そしたら、前にいたおばあちゃんがむかいの席を指して、「席が空いていますよ。座られたら?」と、笑顔でおっしゃった。ドアには、今にも飛び込んできそうな人の群れ。
お年寄りなどがいない事を確認した後、おばあちゃんにお礼を言って座った。
なんとなく、立っていた時からおばあちゃんが時々私を見上げているなあと思っていたのだけど。
重くはなかったが割と大きな荷物を持っていたからだろうか。
まだ少し体調が悪いのが分かったのかな。
いずれにしても、こんなちょっとした心遣いが、疲れた身体にふわっとあたたかいものを流し込んでくれるんだと実感できた出来事だった。
私は、色々な場面で、おばあちゃんに助けられてきた。
それも何故かいつも電車とかバスの中。ふっと、傍らに現われて手を差し伸べてくれるおばあちゃんたち。
私も、そんなおばあちゃんになりたいものだなあと思った。
昔は、今よりずっと、他人との距離が近かったなあと思う。
そう言う時代を生きていたおばあちゃんたちは、きっとそれが自然な事なんだろうなって思う。
今は、マンションも増えたし、私が小さい頃に走り回っていたような環境とは少し違う。
人付き合いも、薄くなってきている気がする。
多くの他人の助けがあった。近所のおばちゃんは、平気で叱ってくれた。
そういう環境が、あたりまえじゃなくなるなんてねえ。
でもきっと、そう言う事を見直す人が増えて、小さな生活に人と人とのゆるいコミュニケーションという、あたたかい活気が戻ってくればいいなあと思う。
私は、東京の下町で幼い時期を過ごしたせいか、あの、賑やかな商店街にあったような街の営みをとっても大切に思っている。
田舎にも良さがあって、惹かれるんだけど、私は商店街にあったような、ごちゃごちゃとした賑わいや、人々の活気・・・特に夕暮れ時に集まってくる人々の笑顔・・・八百屋さんの声・・・のようなものをとても愛しているなあと思う。
今は、共に成長するそういう商店街が消えて行ったりしてるみたいだけど、東京で失いたくないなあと一番思うのが、商店街だなあと思う。
ここ数日で、あたらしい命ができたこと(ちーちゃん、おめでとう!!)を聞いたり、去りゆく命のこともいくつか聞いた。御冥福を心よりお祈りしています。
連日、TVから流れてくるニュースでも、哀しい事件、事故がとっても多い。ニュースは、伝えた後はあっという間に次の話題に移って行き、多くのニュースはまるで別世界の話のようだ。
だけど、どんなに小さい事件だって、人ひとりの重みは変わらないのだ。
心から、祈らずにはいられない。
深い深い闇の中を苦しみながら歩いた時期があるから、当事者の苦しみが分かってしまう。
誰一人、欠けていい人などいない。
そして、誰一人、死なない人なんていないのだ。
この世から肉体が消えるのは、やっぱり寂しいけど、魂が肉体から離れるその時に、執着や心残りが無いように、“今”この瞬間を精一杯生きる事しかないのだ。
魂は死なないけど、肉体は、次の瞬間に存在しなくなるかもしれないのだから。
だから、きらきらとした光を見続けましょ!
私は、最近ピカピカの朝日に当たるのが大好きです。
太陽の光は、想像以上に大きな力をもたらしてくれます。そのきらめきは、身体に記憶されて、どんなに暗い闇を見つめた時でも、とても大きな助けになってくれます。
太陽さん、ありがとう!
うちのクワズイモちゃんも、あなたのお陰で寒い冬にも負けず頑張っているよ。サボテンちゃんも、気持ちよさそうにしているよ。クワズイモちゃんは、大きな葉っぱと、根元にちょっとの小さい葉っぱのみになってしまったけど、大きな葉っぱの茎に、BABYを宿しているよ。冬なのに成長しています。
ああ〜、実は最近、睡眠状態がよろしくなくて、というのも、疲れてバタンキューしちゃうから・・・そのせいで変な時間に目覚めちゃって、今日もさっきまでまた眠くなってきてだるかったのに、東の空から登ってきた太陽にずっとあたっていたら、すっかり元気になってきました。
生命力が、むくむく沸き起こってきます!
岡本太郎さんは、毎朝6時には起きて、太陽を浴びていたそうだ。
今は、私もそんな生活だ。
ハワイ島の人もそうだけど、朝日とともに起きて、暗くなったら寝ると言う、リズムって、もうそれだけで、もの凄く人間に力がみなぎるんだと思う。
スチャダラの曲にもありますよ。
♪よるになったらどうすんですか?♪ ♪夜になったら寝るんです!♪
ってね。
私の若い頃は、好奇心たっぷり(まあ、これは今も結構そうだけど・・・)で、とりわけ刺激を求めていたけれど、そんな私を、海外に留学するという選択肢以外は、限りなく自由にしてくれていた母が、いつも言っていたこと。
普通であることを、とっても大切に思うのよお母さんは。って。
別に、頑なにではなくて、それをただ大切にして、そこで生きてきた母を、とても凄いなあと思う。
若いころは、冒険好きな私としては、理解できない部分もあったけど、その一貫した姿勢は、とてのしなやかで力強く、いつしか、周りの人を大きく包み込んでいるものなんだなあというのが、今、ようやく分かってきた。
普通であることは、何も退屈なことじゃないのだ。
その場所にある、小さなきらめきや奇跡が見えるようになれば、世界中を歩き回るより多くの旅が出来るのだと思う。
宇宙は、今、ここに、共に在る。ちゃんとね。
普通であること、という言葉のもの凄い深さを、ここ一年で、もの凄く知って行ったような気がする。
30代とは、そういうものが見えてくる時なのかもしれないなあと思う。
日常のきらめきには、どんな大きな成功や輝きとも、少しも変わらない奇跡が沢山潜んでいる。
それが見えるようになったら、世界がぐっと広がるよ。
その広がりを体験すると、きっと身体は瑞々しく力強いエネルギーがみなぎり、笑顔がこぼれることでしょう!
昨夜、作業着を着た、今日一日の仕事を終えて一服しているようなおじさんが、煙草を口にもって行ったと同時に、そらを見上げてそのままじっと上を向いたまんまになっていた。
私も、家に着いて自転車をおりて空を見上げると、澄んでいる冬の空に星が瞬いていた。
都会の片隅、田舎の片隅、どこにだってふっと一人になれる場所がある。
そんな瞬間に、ふと、空を見上げて、くぎ付けになる時間。
そんなとても個人的で孤独な光景を、とても愛おしく思う。
孤独な魂は、空を見上げれば、ひと繋がり。
空にある輝きは、私たちの魂そのもの。
Have a nice day!!!!!
Aloha
love,
Ryoco
追記:
片山先生の、『身体にきく』で、語られている“体癖”とは、性格以前の“身体の感受性”なんだけど、小さいころからどうしても持っていた人と違うと思っていた部分とか、そういうのが何でかなってずっと思っていた事が、例えば魂の話とかを持ち出さなくても、“体癖”として語られることによってより実感として理解できるのって、凄いなあと思った。
ここに書かれていることは、実は自然にみんなやって来ていることなんだけど、それをじっと見つめて気がついて活かしたという所が素晴らしい。
これを読んでいると、人は、とても素晴らしい能力を持っているのに、多くのもの便利な機械に頼り過ぎて、その本来持っている力を忘れてしまったのだなあと感じずにはいられなかった。
笑ったのが、私は多分だけど、第3種にあたる体癖の持ち主なんだけど、3種について、『3種の人は、食べられなくなることに強いストレスを感じます』と書いてあったこと。
これは、笑った。
昔、デザイン事務所で働いていたころ、みんな放っておいたら、昼も夜も食べることを忘れて仕事をしていた。まだ入ったばかりで「お腹空いた!」と言い出せない私は、皆のことが本気で信じられなくて、ご飯にしようかって声をかけてくれない上司にイライラしたことがあったっけ。
もう、倒れちゃうよって思うくらい切実に感じていたし、みんなが不思議でしょうがなかった。
・・・だから、これにはめちゃくちゃ笑えました。体癖だったんだ・・・って。
一人でいる時や夢中なときは、食べるのを忘れることがあるけど、それでも、いつでも自由に食べれるんだと言うゆとりがあるゆえ集中できるんだろうと思う。
食べられなくなることは・・・意識しなかったけど、多分人よりストレスを感じる方かもしれないなあ。(笑)
そして、体癖には相性もあるらしく、理屈じゃなくて体的に(性的な意味じゃなく)どうしても合わない相性もあるらしい。片山先生の師であり、有名な野口晴哉さんは、相性の悪い3種(私だ)のことを、ロクな評価をしなかったらしいです。(笑)
今日は・・・長すぎますよねえ、この日記!
だって、起きたのが6時で、今は9時40分!
さて。
そろそろ終わりにしましょうね。
私の姪っ子のはるちゃんの写メールが送られてきて、毎度驚くけど、もの凄い成長していて、会いに行かないと〜〜って焦ります。
弟が、ふと、「はるちゃんにとって、おねえちゃんの存在って薄くない?」と漏らしたそうです。そりゃそうだ。だって、私以外の両家族ともに、近くにいるんですもの!寂しい・・・
でも、はるちゃんは、とっても本が好きで、なんでも手に取ってめくってお話しするようになったらしく、本好きならお友達になれそうだ・・と、未来を楽しみにしたり。
でも、先日、約1歳半にして、初めてのディズニーランドに行ったらしいのだけど、もう、もの凄〜〜〜〜〜〜く感動したらしく、一日見た事を、身振り手振り、踊ったり歌ったりで、じぃじとばぁばに、興奮しながら話してくれるそうだ。
まだ言葉が喋れないので、あっこちゃんが訳してあげると、ウンウン!と、頷いて、伝えられることに歓喜しているそうだ。
もの凄い記憶力と創造力が溢れているのが、伝わってきた。
今でも、「バーン!」とかいうと、ディズニーランドの花火を思い出して、身振り手振りで花火を表現して大喜びするらしい。
本当に、今この瞬間に、確実にその場所に行って花火を見ているって言う目をしていると、母は言っていた。
そんなに感動したんだね、楽しかったんだね、はるちゃん!
素晴らしいよ!
そういう感動を忘れずに、育って行ってほしいね。
そして、私たちもそういう感動をし続けたいですね!
では、よい一日を!
ここまで読んでくださった人がいたのならば・・・
本当に、どうもありがとう!!!
今日は、お天気が悪いですね。
でも、雨も天からの恵みです。
おはようございます!
とても素敵なアーティスト、クリストは島さえも布で包んでしまいますが、
時々、頭からすっぽり包まれたいって思う時ってありませんか?
多分、そう言う時は頭が疲れているのかもしれません。
最近はあまりないけど、今年のいつだったか、
もの凄〜く包まれたいって思っていた。
前に、寒さのせいか、ストールを頭からかけて顔周辺を
覆っている女性(多分宗教とは関係ないだろう)が歩いていたけど、
ああいうのを、やりたいくらいだった。
でも、怪しいから外では出来ないけどね。
今はしないけど、前は布団をすっぽりかぶって寝た方が落ち着く時があった。冬だけど。
そういう癖みたいなものって、変化するものだけど、
実は、そういう癖って、例えば、うつぶせで寝るとか、丸まって寝るとか・・・
も、とてもその人の身体を知るポイントなんだなあと、片山先生の本を読んでいると
色々と気づかされる。
身体を緩める事、骨盤を緩める事が、大切という事。
その事は、私の長年の色々な疑問を解決してくれるかもなあ〜と思う。
これから、勉強して行きたい事にもとても役に立つだろうな。
みぞおちに、身体の体調がすっごくあらわれるって言うのも、
風邪をひいていたからよく分かった。
みなさん、お腹には身体の地図があるんですよ!
すごいですね〜
だから、お医者さんはお腹を触るだけで、体調が分かるんですね。
さて。
クリスマスの絵とか、飾りとかで、なんとなく寒い冬も
あたたかく、優しい気持ちになりますよね。
そして、そのきらめく光が、冬の特徴で、暗くなりがちな魂を明るく照らしてくれます。
本当に、色々な辛いニュースが多いけれど、
どうか、そういう小さな事で明るい気持ちになれますよう。
これは、ビルの合間にある、冬用に植え替えられた小さな庭です。
この庭を見た時に、小学生の頃好きだった男の子と、クリスマスプレゼント交換する時に、
コニファー(本物)をあげたのを思い出しました・・・
その時は、とっても素敵なプレゼントだって思ったけど、
そんな小学生って・・・と、今更愕然とした。(笑)
まあ、私らしいと言えばそうなんだけど、
小学生だからこそ、ダイレクトに趣向が出ているのかもしれませんね。
それでは、今日も一日、穏やかで喜びのある瞬間が沢山ありますように。
いらっとしたり、不快になったりしたら、愛する人や愛するものの事を思い出して。
enjoy!!
love,
Ryoco
追記:昨日の朝、遅刻しそうなギリギリな時間に、ラジオから流れてきたcoccoの歌がとてもよかった。
新しいアrバム、まだ買えてないからそれのなかに入っているのかなあ・・・
欲しいCDも沢山あるのだっけなあ・・・
サンタさ〜〜ん!
いちかばちか、くつしたを用意するか・・・
今年の風邪は今年のうちに!
治したい、わたくしです。
こんばんは。(おはようございます、かしら?)
そんなわけで、まだ完治していない風邪のために、
子供用マスクを沢山買ってきました〜。
いつも思っていたんですが、大人用マスクって大きすぎますよねえ。
体力が下がっていると、身体がとっても敏感になっているのが分かります。
前回、ちょっとご紹介した、片山先生の本は、やっぱり凄いです。
調子の悪めの時に読んでいると、尚更良く実感できる。
さて、来年の予定をちゃくちゃくと進めている私ですが、
そのお話も、いずれここで出来たらいいなあと思っています。
ようやく、まず最初のスケジュールが決ってきたので一安心です。
今日は、それ関連で、インターネットを使ったのですが、
久々手こずっていました・・・
pc関連のトラブル程、時間が吸い取られるようで嫌な事ってないなあ〜
でも、pcとつき合って行くためには、こういうトラブルもまた勉強のうちなのだけど。
ただ・・・時間をかけたのに、解決しないって、「ふぅ〜!」っていう感じですよね。
さて、そんなこんなで夕飯が遅くなってしまって食べるのも面倒くさく(!?)なったけど、
そこでやめないのが私で、体力が落ちている時程、よく食べるんです。
食べて元気つけなきゃ!って思うのです。
そういうようなことも、片山先生の本に書いてあった。私のパターンの人はそうだと。(笑)
でも、昔、胃を壊してダウンした時、先生に、そう言う時は胃は栄養を何も吸収できないから、
食べない方がいいって言われました。
どうりで・・・身になっていない気がしました。
そういうときは、ポカリスエットみたいな、もしくは点滴と同じ成分の飲み物を飲むといいらしいです。
というわけで、美味しい茄子があったので、
トマトパスタを作りました。
何故か、カレーがとても食べたいと思っていたので、
美味しいカレーの粉末も入れて。
・・・これが、美味しかった・・・
トマトの甘みとうまく絡み合って・・・何とも言えないいい味付けに仕上がった。
見た目はいまいち悪いけどね。(男の料理っぽい!?)
でも、いいのです。取り敢えず一人だし、美味しければね^^
いつか、誰かのために料理をするようになったら、今の男の料理から変化して行くんだろうなあ。
昼のお弁当には、4品くらいの野菜をは朝から調理しているんだけど、夜は一品料理の中に色々詰め込むって言うパターンが多い。このパスタのように。(笑)
小松菜が大好きだから、小松菜が入っている料理が多いのです。
ちなみに、このパスタにも入っています。
東京ならではの食材ですしね!
ということで、たまには、日々の夕飯でも載せてみようと思い、写真をUPしました。
さて、朝日もとっても美しくて、太陽の光がとても気持ちが良かったです。
でも、外はとても乾燥していて、風邪をひいていると、そういうのを敏感にキャッチしちゃうので、呼吸がつい浅くなってしまいます。
家は十分加湿しているから、私も多分植物たちも快適なんだけどなあ。
そとでも、すう〜はあ〜ってたっぷり深く気持ちよく呼吸したいものですよね。
みなさんも、乾燥しているので、風邪には注意してくださいね。
ではでは、よい夜を・・・
じゃなくて、もう朝だ!!
Aloha
Love,
Ryoco
あっという間に、週末も終わってしまいます。
風邪は、久しぶりの再会(20年近くぶりくらい!?)がと〜〜っても楽しかったせいか、治って来ました・・・
やっぱり、病は気からですね。
だって、治りかけとは言え、風邪の時に外でお酒を飲んだらきっと悪化するでしょうからね。
楽しいお酒って、大好き。
さて、その再会のお相手とは、さっこちゃん。
私が生まれた、東京は下町に住んでいた頃、毎日のように遊んでくれた人。
同じ歳の友達もいたけど、ひとつ上のさっこちゃんと遊んだ記憶が一番濃く、記憶に残っている。
きっとこれは、私たちしか覚えていないだろうって言う、細かい事まで思い出しながら話せたから、凄く楽しかった。
あえてこんな細かい思い出話をする事なんて滅多にないからなあ。
さっこちゃんは、いつも色々な面白い事にアンテナを張り巡らせている子供で、私にとってはとても刺激的だった。
その小さい頃、遊んでいる間中、ずっと笑っていたような記憶しか残っていない・・・(笑)
私が忘れていた、もの凄くくだらない遊びとかもさっこちゃんは覚えていて、でも言われてみると、確かに記憶にあって、思い出せたのはとっても嬉しいんだけど、本当に馬鹿な遊びを考えつくもんだなあ〜〜って二人で大笑いしてしまった。
とにかく・・・そうとう頭使って、楽しい遊びを求め、夢中になって遊んでいたなあ〜。子供って、大人が思っているよりずっと凄いことを考えているんだって言うのを思い出した。
さっこちゃんと過ごした下町には、とっても楽しい思い出が沢山詰まっている。
そうそう。
待ち合わせの駅に着く前に、再会を果たした私たち。
実は、同じ電車の同じ車両に乗っていて、お互いに、「似ている・・」と思いあっていたのに、じろじろ見るのもなあと思って、取り敢えず声をかけずにいたんだけど、改札を出る前に、出口案内を見つめているさっこちゃんと、ばったり会ってしまったのです。
いやあ〜〜、もの凄い久しぶりだけど分かるものですね。
まあでも、あんまり変わっていなかったから分かったのだろう。20年ぶりくらいなのにね。
17時に鶏肉のおいしい小さなお店を予約していたんだけど、17時前だからといって、時間つぶしに知らない街をうろうろしてみた。街をうろうろするのは、小さいころはしょっちゅうやっていたなあ。
下町は、迷路みたいだから、探検のしがいがあって、探検家に憧れていた私にとっては、狭い世界だけど、とても楽しかった。
さて、ようやく店の電気がついたから、開店ちょっと前だけど、早めに店のドアを開けたら・・・何故か既に二組のお客さんがいた。
まだ開店時間じゃないのに・・・(笑)
それからも、次々とお客さんが入ってきて、もの凄く小さなお店なのに、繁盛している明るいおじさんが素敵なお店でした。
はじっこの狭〜い場所に座って、再会を喜びあい、色々喋ったなあ。
小さいころの話から今の話まで、もう話したい事は沢山あるのだ。
あんなに小さかった私たち、途中は飛ばして、いきなり大人ですから。確か、高校生か中学生の頃に会っているんだけど、それは家族ぐるみの旅行だったしね。こうして二人でゆっくり会うって言うのは、もう本当に子供のころ以来だった。
そして、途中をふっとばしているのに、自然に色々話せた。
恋愛についてとか、仕事についてとか、そんな話をしているなんて、何だか・・大人になったのね・・私たち!
それから、お互いに進んで行こうとしている道が、形は違うかもしれないけど、似ている方向に導かれていて、そういうタイミングにこうして会えたって言うのも、とても嬉しかった。仕事の内容も、微妙に違うけどとても似ているし、苦手な事とかも割と似ていて可笑しかった。(笑)
こんなに久しぶりなのに、通じ合ってしまう部分がとても多くて、話していてとても楽だった。
きっと、遠く離れていても、見えない世界での繋がりがとても強いんだろうなぁって思った。
色々と、せせこましい説明をしなくても、感覚で通じるって言うのは、とても嬉しいですよね。スピリチュアルな部分で繋がっていると言うか。
そして、話に夢中になっている最中、突然、さっこちゃんの腕時計が目に飛び込んできて、「ああ!」と驚いて、さっこちゃんの袖をめくってしまった私。
なんと、私の持っているハミルトン、カーキと同じものが、さっこちゃんの腕にもあったのです。しかも、ちゃんと手巻き!
今は、この手巻きは入手困難なんじゃないだろうか・・最近、ハミルトンが壊れたと思った時、店に並ばなくなって、寂しいなあと思っていたら、さっこちゃんの腕にあるんだもの。驚いた。
その購入のきっかけが、私のブログだったって言うからまた嬉しかった。
凄い雨が降った日、一日駐車場に落としたまんまになっていたけど、壊れなかったって言うエピソードの日記を読んで、デザインも好きだし惚れてしまったそうだ。うれしいなあ〜
さっこちゃんは、小学生低学年のころ、今思い出してもとてもクオリティーの高い新聞を作っていた。
もちろん、全て手書き!
ちゃんとタイトルがあって、ナンバーも入っていて、マンガもついていて、面白い記事が満載!
あれは、強烈に刺激的だったなあ。そして、楽しみだった。
私が引っ越してからも、時々手紙と一緒に送ってくれていたっけ。
私はかなり、さっこちゃんを尊敬していたなあって言うのも思い出される。
私が今、何故か紙媒体のデザインの仕事(デザイナーというのは恥ずかしい・・)をしているのも、きっとさっこちゃんへの憧れが最初だったのかもなあ。
それをきっかけとして、ずっと雑誌とか、本とか、紙媒体が大好きな子に育って行った。
大学生の頃、とある大好きな雑誌社でアルバイトをしていた時に、今はエディトリアルデザイナーとして活躍しているTさんがアルバイトで先輩だったのだけど、彼女がmacを立ち上げるのを見ていて、胸がキュンとなったのを覚えている。コンピュータなんて無縁だと思っていた私が、macに恋したのが、そもそもの始まりだったんだなあ。
そして、そのとても魅力的なmacで素敵な紙面が自分でも作れるかも知れないって言うのは、とても魅力的だった。
多分、グラフィック・デザイナーなどで、macとの出会いがデザイナーへのきっかけだった・・という人は、少なくないんじゃないだろうか。とくに、macの出始めに出会った人たちは。
Tさんとの出会いの前にも、macでデザインの仕事もしている人に色々とお話を聞いていた事があって、macが気になっていたんだっけ。
そして、Tさん自身にもとっても影響されていた。
説明できないけれど・・・私は、そういう紙面をつくる事に関して、もの凄く興味があったようです。
やりたい事は、自分の読書体験で得た深い深い感動から、ずっと物語を書く事で誰かの支えになれたら・・・っていう事だったにもかかわらず、こういうこと(デザインや編集)に小さいころから影響を受けているのは、きっと食べて行くための適職だったからなのかもなあと、思う。
そんな、今の私にまで大きな影響を与え続けている、さっこちゃんは、今思い返すと、本当にとてもクリエイティブな子供だったと思う。そして、とっても面白かった。
面白い事が大好きだったんだろうなあ。そういうのを求めてキラキラ輝いている子供だったんだろうなあ。
そう言えば、笑いの面白さを知ったのも、さっこちゃんのお陰だと思う。
私がタケシさんを好きなのは、確実に、俺たちひょうきん族からだし。
さて、店も混んできたから、自由が丘にでも移動してゆっくりしようか・・なんて思って電車に乗ったら、すっかり乗る路線を間違えて、何故か五反田に。(笑)
引き返すのも何なので、五反田の居酒屋に入った。
そんなさっこちゃんとの楽しい再会の時間は、あ〜〜っという間に過ぎて行き、気がついたら、12時をゆうにまわっていて、さっこちゃんの終電が危ない時間!
急いで、お店を出ると、慌てて駅でバイバイしました。
それにしても・・約7時間・・これは恐らく、一日、昼休みなしで仕事したくらいの長さなのだけど・・・あっという間だった!
いつもよりお酒も呑んだような。
次は、ずっと前から言っていた、私たちの遊んでいた下町を散歩したいね〜と言いあった。
さっこちゃん、楽しい夜をありがとう!
唯一の心残りは、すっかり写真を撮るのを忘れていた事!
私とした事が・・・すっかり忘れていたのでした。
さて。
一夜明けて、二日酔いにもなる事なく、久々にたっぷり寝て昼前に起き、大好きなJ-WAVEを聞きながら、掃除をしたり洗濯をしたり、ゆる〜い時間を過ごしてたのだけど、胃はお疲れの筈なのに、やっぱりマルイチを食べないと週末を終えられないわ!と思い、夕方、自転車でマルイチへ!
丁度焼けていたのは、ブルーベリーベーグルだけだったけど、沢山あって思わずニッコリ。
今週も、またアップルシナモンを挟んでもらった。
だって・・・好きなんだもん。でも、ツナとかもめちゃくちゃ美味しいから食べたいんだけどねえ・・・それでも、いつも同じ傾向のものを挟む傾向にあります。
平日用に、他に二つだけ買うと、店を後にした、ミホさんが奥から手を振ってくれて、私も手を振った。そして、自転車に乗る時にふと、厨房を見たらまた満面の笑顔で大きく手を振ってくれた。私も手を振って、お店を後にした。
ほっこり、あたたかい瞬間だ。
彼女は、なんて言ったらいいか分からないくらい、素晴らしい。ベーグルは、もちろん美味しいし、彼女の情熱が込められているけど、内側からキラキラこぼれてくるあの光が、お店に来る人、周りにいる人を幸せにするんじゃないだろうかと思う。
少なくとも、私は客として、マルイチがあるからこの街を選んで、前から好きだった街だけど、マルイチが出来てからもっともっと好きになったし、私もこの街で頑張っていこうって思える。
いつもいつも、美味しいベーグルと、とびきりのパワーをありがとう!
さて。
今日は、愛する友人のうち、二人も誕生日の人がいます!
アユミ、Mie、誕生日おめでとう〜〜〜!!!!!
心から、素晴らしい一年を祈っているよ。
寒い寒い冬の到来。
インフルエンザも今年は強烈らしいから、
しっかり加湿して、外から帰ってきたらうがいと手洗いをしっかりして、
夜はあたたかく、リラックスして、お過ごしください。
今、読んでいる身体についての本は、凄く目から鱗みたいな本で、私がヨガとか瞑想とかで、
呼吸についてちょっと悩んでいた疑問の訳がちょっと分かったような気がした。
こういうアプローチをして、身体と向き合っている人がいるんだって言うのは、
とても素晴らしいなあと思う。
世界中に、色々な健康法があるけど、この本に書いてある事は、とても自分に合っていると思う。
顔にしても、骨盤にしても、矯正して正しい位置に戻すって言うのが、正しいと思う傾向にある世の中だけど、そうじゃないんだって言う考え方が、とても自然だし、その通りだと思えるのだ。
そして、これを読むと、人との関わりついての、深い所まで身体を通して分かるので、深いなあ〜〜と、感動する。
例えば、整体師とかが、その人を治すという気持ちで施術するのではなくて、『響きあう』のだっていうところが、本当にそうだなあと思った。
これは、どんな関係性にも言えるんじゃないかなあと思う。
人と人は、一方的な押し売りでも、依存でも駄目なんだ。
オフィスでも、販売でも、飲食店でも、なんでもそう。お互いが、響きあってこそ、人と人は輝きあって行けるんだろうなあと思う。
私もまだ途中までしか読んでいないけど、と〜〜ってもお勧めです!
あたたかい夜に、是非読んでみてください。
それでは、
日曜日の夜、身体も心も、あたたかくお過ごしくださいね!
読んでくださってくれて、ありがとうございます!
Aloha
Love,
Ryoco