42 posts tagged “つれづれ”
NYに行きたくなる。
きっとこれは、冬にばかりNYを訪れたせいだろう。
寒ければ寒い程、NYに行ってしまいたくなる。
寒い季節にNYに行ったせいで、苦手だった冬が、あまり苦じゃなくなった。
ああ、いつかまた、行きたいなあ。
いつか、ヨーロッパにも行きたい。ギリシャとか、パリとかイタリアとか。
でも、その前にハワイだ。
ハワイ島だ。
昨日買った本を、お昼休みに読んで、その後少しだけお昼寝したんだけど、
何とも言えず、ハワイを感じた。
青く透明な海に溶け込んで行った。
何とも気持ちが良かった。
東京にいたって、海と森と・・・自然と共にありたいなあと思う。
東京生まれの私は、自然にとても強い憧れがあった。
動物も大好きだった。
そうであるのに、東京が何処よりも大好きだった。
そんな子供だったなあ。
だから、本が好きだったのだろうなあと思う。
絵本や童話・・・
それらは、私を何処へでも連れてってくれた。
自分の出来る事を子供たちにしていきたいと思う。
自分の出来る事を、この世界に還元していきたいと思う。
歳を重ねるにつれ、そういう想いが強くなって行った。
書く事は続けて行こうと思う。
だけど、言葉だけではなくて、
身体と魂を使ったコミュニケーションを通して
必要としている人たちと、助け合って笑顔を共有して行きたいと思うようになった。
きっと、そういうことがずっとしたかったんだと思う。
私は、本に助けられ、本当に愛している。
心から、愛する作家がいる。
だから、一旦手放してみる事にした。
書く事にこだわる事を。
続けて行くけど、書く事でしたかった事で、
より実践的に行動に移せる事を優先してやって行きたいと思っている。
私が書く事でやりたかった事は、今命を削ってでもやってくれている人がいるから。
その人を、心から愛して行こうと思う。
作家というのは、本当に凄い。
しょうもないかもしれないけど、私は心から尊敬している。
だって、全身全霊を傾けないと、到底できない仕事だから。
だから、私がそれに相当するほかの事をやるとしたら、
全身全霊でやるしか道はないと思っている。
生きるとは、全身全霊でぶつかって行く事なのだろう。
何をやろうとも。
今、この瞬間が全てなのだ。
この瞬間が、繋がっているのだ。
自分の未来にも。
今この瞬間、存在しうる全ての生命と。
宇宙と。
私のやろうとしている事に、
心から励ましの言葉をかけてくれた人たちに感謝しています。
何も考えず、いいと思う!って言ってくれた、その一言が
私の喜びの大きなエネルギーになっています。
かつて、
愛する人のためなら喜んで命を投げられると本当に思っていた。
もし、そういう状況になったら、本当にそう出来たと思う。
今は、
特定の誰かのためではなく、
この宇宙全てのために、身を捧げ、
祈り続けて行きたいと思っている。
前に、未来の自分が見えた事がある。
私は、とても年老いていて、
とての静かな場所で、祈っていた。
それは、とてもはっきりと見えたのだった。
小さい頃から、祈るという事をしてきた。
心から祈るという事は、
なにも、ただの葉書の挨拶文じゃない。
心から祈るという事は、本当に大切な事だと
私は思って生きています。
当たり前だと思っていた事に疑問を抱き、
様々な境遇について想像力をのばせれば
きっと、くだらない戦争もなくなるだろう。
優しくあれるだろう。
物事を、鵜呑みにしてはいけない。
大切な事は、大抵は馬鹿みたいにシンプルで、
それでいて、とてつもなく深いものだと思う。
笑顔が、この世界に、もっともっと
沢山増えたらいいね。
広がって行ったらいいね。
きっと、広がって行くよ。
Aloha
Love & Mercy & Humour
Ryoco
追記:前に、姓名鑑定の占いの話は書いたかもしれないけど、最近、立て続けに改名した人の話を聞いた。
結構いるものですね。名前を変える人たち。。。
長年連れ添った名前とさようならするって、どんな気持ちなんだろうなあ。
最近は,ぬいぐるみのなかに湯たんぽが入っていたりしますよね・・・
私は,ホッキョクグマのおこっぺくんを抱いて寝ていますが,おこっぺの中に湯たんぽが入れば、素敵だなあ・・・と思ったりしています。
こんばんは。
いよいよ冷え込んできた、秋の夜長、みなさんいかがお過ごしですか?
ちなみに、今は亡き、猫のマリちゃんがいた頃は,冬になると一緒に眠っていたっけ・・・
今でも、マリちゃんの感触を、時々思い出したりします。
嗚呼・・・・かわいいマリちゃん!今頃は、天国でもてまくっている事でしょう。
さて。
私は、暫く会えていない友人が夢に出てくると、コンタクトを取るようにしています。
中でも、ミエとAyumiに関しては(私には、同じ名前の友人が結構いて、このブログでかつてどうやって表記したか覚えていない・・・ちなみに、“みえ”と“あゆみ”という名前もそれぞれ二人ずついるのです。。ややこしくてごめんなさい!)、よく出てくる。
なんて言うか、いつでも会おうと思えば会える友人、というのは案外と夢には出てこない。
先日、Ayumiがもてまくっている夢を見て、久しぶりにメールをしたら、なんと、旦那と息子との間でAyumiを取り合う闘いが勃発しているというお話だった・・・
もててしょうがないのは、家族の話だったか・・・(笑)
でも、ニュアンスは違っても、そんな感じよって言われる事って案外多くて、前も、夢の中でとても大変そうだった友人が心配になってメールしたら、しばら〜くしてから、あの時は本当に大変だったのと話してくれた。
私は、別に特別な力は何も持っていないけれど、時々、自分でも恐ろしい夢を見る事がある。
正夢のような。
かつて、二つの事故の夢を見た時は、その後に分かった実際にあった話と怖いくらい似ていて、さすがに驚いた。
そう言う経験が、幼い頃にあったから、私は見えない世界というのを信じてきているのかもしれないなあ。世の中で、受け入られにくい目に見えない世界についても、世間で何でそんなに警戒したり軽蔑したりするのかが分からない。そういう世界を使って悪さをしている人もいるのだろけれど・・・
でも、これはとても感覚的な話だから、分からない人には、分からないものなんだろうな。
でも、それぞれが、よ〜く思い出してみたら、
そんな経験は、みんなあるのではないだろうか。
例えば、ふっと誰かの事を考えていたら電話がかかってきたり、メールが来たり、手紙が届いていたり。
最近、そんな事がよくあって、テレパシー・・・じゃないけど、やっぱり通じ合っているなあ・・・と、つくづく思いました。
そういうことがあったら、そっと「どうもありがとう!」って感謝の気持ちを表すと、きっとまた必要な時に、そっと今の自分に必要なヒントを提示してくれるでしょう。
耳を澄ませば、この世の中はそういう小さな奇跡に溢れているんだろうなって思います。
よい夜を!
aloha
love,
Ryoco
昨夜は、
はっとするほど、夜空が澄んでいて、
とても鮮やかでダークなミッドナイトブルーだった
どんなに、その景色が、いつもと同じ見慣れたものでも、
遠い昔に見たはずのない景色だとしても、
心の深い場所で、懐かしい想いがこみ上げてくる瞬間がある
空には、オリオン座が大きく輝いていて、
ほかの星も、沢山瞬いていた。
これだけ明るい東京の空の上にだって、
こんなに星が瞬いている。
こみ上げた懐かしさは、きっと
地球がまだもっと若かったときから繋いできた
魂の記憶を、素直に感じているのだろう。
思考をとめて、ただ感じるままに
宙を漂うこと
同時に、この地球と力強く繋がっていること
私たちの魂は、遠い昔、
それを、今よりもっとしっかりと、感じていたのではないだろうか
早朝
窓を開けて、その美しさに歓喜した
空とビルの間にすーっと広がるオレンジ色
まだ暗い、空ける前の空と溶け合う、ちょうどその時
心にすーっと新鮮でおいしい風が運ばれてくるようだった
この東京でだって、毎日、風は生まれ変わっている
その後、まるで山みたいに、オレンジ色がまあるく膨らんだ
地平線の向こう側から、ジンジンと、やってくる
今にも飛び出しそうに震えている
それから、
震えるオレンジ色は、一瞬にして爆発した
音もなく、真っ白な光が、正面からまっすぐと
それは、とても柔らかくて力強く、
歓びの光で、満たされて行くようだった
澄みわたる、青い朝
たまらなく気持ちのいい空気は
古くて新しい東京の街の
澱みを洗っている
踏切は、いつものよに閉まっている
迷わず歩道橋をのぼり、
ふと、空を見上げたら
真っ白な大群が、
太陽に吸い込まれるように、飛んでいた
何年も東京にいて、始めて見る光景だった
あまりにも沢山いる白い群れの先頭には、
そのほかの3倍以上ありそうな、大きな白
白い群れは、太陽の光を受け、きらきらと輝き、
空の色に溶けてしまいそうだった
もしくは、太陽に溶けてしまいそうだった
その旋回の仕方は、あまりにも美しく、
涙が零れそうな、
不思議な感動に包まれた
私は、朝の慌しい時を忘れ、ずっと空を見上げていたけれど、
忙しく行き交う人たちの中に、空を見上げる人などいなかった
あれは、もしかして天使だったのではないかしら?
そういう感覚が、やさしく柔らかく心に残っている
aloha
Ryoco
追記:
先日、詳しい事は書けないけど、全く同じ職種を取り扱う二つの会社の人と接する機会があった。
内容に大差はないのに、こんなに感じ方が違うのかと驚きの発見があった。
一方は、威圧感を与えるばかりで、何か根本的なズレを感じずにはいられなく、
得られるよいものは何も無いようにすら思えた。
一方は、喜びに満ちていて、多少辛くても喜びを見いだして行けるように思えた。
それは、ひとえに、そこで働いている人が、どれだけ楽しんでいるかという事に尽きるなあと思った。
どんな仕事でさえ、そこで働いている人が、喜びを見いだせているならば、
そこに流れる空気は、あたたかく、明るく、光に満ちているのだろう。
どこか、根本的に間違った考えに固執していると、全体がそのような空気に汚染され、
表面所は明るいようでも、中身がスカスカで、何処か淀んでいて暗い感じがするのだろう。
その、両方を見ることができて、とても勉強になった。
目に見えて違うし、ビシビシと感じられる差だった。
全くおなじ業種とは思えない程だった。
淀んでいて、どこかギスギスしている会社は、会社全体で、
深い気づきと学びが訪れるといいなあと思う。
当たり前と思っている事の中に、間違っている事が沢山含まれている事、
そのことに、気がつく機会がありますようにと、心から祈っている。
そして、魂の底から、喜びの笑顔が生まれればいいなあと思う。
私は、会社経営の事なんて分からないけれど、
やっぱり、愛がない会社は、いつかは破綻するのだろうと思う。
お天気の悪い週末に突入しようとしていますね。
みなさん、どんな夜を過ごされていますか?
さて。
今日は、ちょっと男性の話を少し。
先日、気がつくのが遅いのですが、ショックな事がありました。
ハワイ島に行くちょっと前あたりから、森山直太朗さんのOH! MY RADIOを
聞く時間がなかなか取れなくて、帰ってきてからも、なかなか聞けなかった。
そんでもって、やっと、色々なことが落ち着いてきたら(ハワイ島ブログも頑張って書かなきゃ・・)、
急に、また彼の曲を身体と心が欲していて、聴いたらうわ〜っと何かとても
あたたかいものが流れてきて、エネルギーが満ちてきて、
自然とにこにこ笑えてきて、やっぱり好きだなあと感動したので、
あ!そう言えば、ラジオを聴かないとな〜と思って、お風呂も早く入って楽しみにしていた。
・・・そしたら・・・なんと・・・
私がハワイ島に行っている間に終っていたのでした。
なんて事だ〜。
知らなかったよぉ〜〜と、もの凄く遅れた波が押し寄せてたのでした。
その瞬間、そんな風に嘆いていたのは、きっと私だけだったことでしょう。
今は、トータス松本さんだそうです。彼も素敵な人だけど・・・
何かのコーナーに参加してもいいとすら思っていたのに。。。(冗談ですが)
そろそろ、くどいですね。
とにかく、そのくらいビックリしたんです。
私がハワイ島でひとつ区切りがついたように、直ちゃんもマイラジの最終回と言う
局面を迎えていたんだなあ・・・
と、私以外の人には、こじつけにしか聞こえない共通項を見いだしています。
これからも、彼の歌を聴いて行きたいです。
さて!
題名は、前田日明さんでしたね。
前に、オーラの泉に前田さんが出た時も書いたかもしれないけど、
私は前田さんが好きだなあ〜と思っていた。
プロレスは分からないんだけど、直感的に好きだなあ〜と。
オーラの泉に出ていた時も、やっぱり素敵な人だなあと思った。
そして、今夜・・・
たまたまTV欄をみていたら、細木数子さんの番組に出るみたいだったので、
もちろん見てみましたよ。
パパになっていたんですね。
彼の溺愛ぶりを見ていると、私の弟を思い出さずにはいられなかった。
身体つきも、何だか似ているし・・・とても、親近感が沸いた。
私の弟は、まさに愛の子だと思っていたけど、
両親が心から驚くくらい、生まれてきた赤ちゃんを全力で愛している。
あんなに体力も気力も使い果たして仕事から帰ってくるのに、
はっちゃんの世話も、家事もちゃんとやっている。
お風呂にだって、ちゃんといれているし、
そんな毎日を、とても嬉しそうに生きている。
もちろん、私には到底真似できないような苦労も裏ではある。
これは、愛以外の何ものでもないなあ〜と思うわけです。
それと同じものを、前田さんにも感じた。
もちろん、前田さんと弟は全然違うけど、何と言うか、
内面に熱く燃えているものの質がとても似ている気がする。
プロレスで闘っていた時に、どれだけ怖かったのか分からないけど、
あんなに素敵な男性は、なかなかいないなあ〜と思う。
弟は、兄弟だからあたりまえだろうけど、別に男としての魅力は全く感じないのだけど、
前田さんはいいなあ。
というか、ああいう人はもっといてもいいんじゃないかなあと思う。
ああいう人が希だって言う方が哀しい世の中なのだろう。
男らしさにも色々あるけど、
それぞれの男らしさを、世界に爆発させていってほしいですね。
見た目が男らしくなくたって、
中身がそうであれば、外からも見えてくるものだ。
人には、それを嗅ぎ分ける力がある。
前田さんのような人を見ていると、
男に生まれてくる事、女として生まれてくる事、
その意味についてしみじみ考えさせられるなあ〜と思う。
直ちゃんのような人を見ていると、
人間として生まれてきたことを、
心から喜びたくなる。
岡本太郎さんのような人をみていると、
絶対的な力が沸いてくる。
生涯を、全力で生きようと身が引き締まる。
とにかく、いろいろな男らしさがあっていいのだなあと思う。
そして、そんな男らしさの影には女の面も持っているもので、
それは、女性にだって言える事だ。
ひとりの人間は、男女、両方の性質を持っているけれど、
それぞれの与えられた性を生きることは、とても重要な事だなあと思う。
男と女は惹かれあうもの。
ホルモンが引き起こすエネルギーはもの凄い。
相手を好きだと思う
その気持ちを、どうぞ大切に!
恋を楽しんで!
今のところ、それがないならば、
俳優でもアイドルでもいいじゃない!
恋をして
愛で心を光でいっぱいにしましょ!
その、「好きだなぁ」っていう気持ちを、
どうぞ、大切に!
よい週末を!
Aloha!
Love,
Ryoco
こんばんは。
まだ暖房は使っていないけど、朝なんか、ぐっと寒くなってきましたね。
風邪などひいていませんか?
私の周りでは、もの凄い風邪が流行っています。
今年の風邪は咳からなのかしら?肺炎になってしまった人もいました。
私は、以前、咳が半年くらい止まらなくなって辛かったので、それ以降は、とにかくうがいをするようにしています。
それから、あんまり大きな風邪はひかなくなったような気がします。
でも、長い時間電車に乗る人とか、お仕事してる時間が長い人とか、回避できない場合もありますよね。
とにかく、ひいちゃった方は、お大事に。よく休んでくださいね。
私は、予防のため、うがいのほかは、YOGI TEAのエキナセアスペシャルティーを飲んでいます。
日本で買うと、ちょっと高いけど、16パック入って1000円以内で買えます。ハーブティーが苦手じゃなかったらお勧めです。私は、このほかに、イチョウ葉スペシャルティーが気に入っていますが、色々な症状別のお茶があるので気になっています。
あとはとりわけ予防らしきものはしていないけど、、眠い時には取り敢えず寝ることにしています。
あ、最近、何故か柿がもの凄く好きで、家には欠かさず置いてあって、毎日丸ごとひとつ、皮ごと齧っていますが、それがまた風邪の予防になっているのかもしれません。
私の毎日作っているお弁当は、野菜ばかりなのですが、気がつけば根菜類が多い気がします。
ごぼう、にんじん、れんこん、じゃがいも・・・・とか。
これに、かぼちゃとか豆とか小松菜とかが入る場合もあるけど、大概は根菜類だ。。。ということに、最近気がつきました。
無意識のうちに、大地のパワーを欲しているのかもしれません。
根菜類に関しては、土つきのものを買うので、無農薬栽培の野菜を買っています。これを買い始めてしまうと、そうじゃないものが、野菜と思えなくなってしまうくらい違うんだなあ。
さて。
ちょっと前の、やたらと食欲の秋だったのは、少しマクロビオティック寄りに戻したら、落ち着いてきて、食べ物って凄い影響力だなあと改めて思った。
何であんなに食べていたんだろう・・・っていうくらい、いっぱい作って食べていました。コワ!
ところで、今夜は、働くという事と、それにまつわるコミュニケーションについて少しお話ししようと思う。
接客が一番分かりやすい例だと思うのだけど、日本人の接客の多くが、どうも気持ちが悪いと思ってしまうのは、やっぱり過剰なマニュアルのせいだろうなあと思う。
人間が見えてこない販売員が多くはないだろうか。
説明は上手だし、こちらを不快感にさらさないし、感じのいい褒め方もしてくれる。笑顔もある。
頑張っているなあ、うまいなあと言う人は、割と多い。
だけど、それだけなんだなあというのは、やっぱりそこに心がないからだろうと思う。
効率のいいコミュニケーション能力って、必要なんだろうか??
大いに疑問を感じる、今日この頃である。
マルイチのお姉さんを見ると、こういうことなんだなって、何度でも感動する。
彼女たちは、本当に素晴らしいと思う。
心からの笑顔と、心からの言葉のある店。
例え、その店が、どんなに拙かったとしても、どんなに効率が悪かったとしても、
その二つがあるだけで、私は感動するし、また会いに行きたいと思う。
そして、それがあるお店は、必ず美味しいものを提供している筈だ。
・・・と、ついつい食いしん坊のあまり、食べ物の話になってしまいましたが、
これはほかの販売にも言えることだなあと思う。
もちろん、企業は、儲け、売り上げを伸ばさないといけないのでしょう。
そのために、教育が必要なんでしょう。
でも、過剰すぎる教育は、きっとその人の持っている自由で素晴らしい心を、時に押しつぶしてしまうのではないかなあと思う。
どんなに説明がうまくて、口がうまくたって、一見個性的に見えたって、マニュアルが透けて見えるような人が多い。そして、そうせざるを得ない教育がなされているのだろうと思う。
本当は、もっともっとみんないいものを持っているだろうにって、残念に思う。
だから、私は個人店が好きだ。
人それぞれなんだろうけれど、私はそこを重視しているから、心のこもっていない接客をされたら、どんなにトークが完璧でも、全く揺らがない。笑顔で、お断りする。
でも、きっとそういうトークの人が、やっぱり売り上げを伸ばしているから、そういう人を基準にしたマニュアルが疑問視されることがないのだろう。
という事は、消費者にもセンスがないって言うことなんだろうなあ。
そう言うことに、直面して、日本はやっぱりまだまだだなあと、しみじみ思った。
きっと、この国が抱えている心の問題は、とても複雑で、とことん壊れてしまって、血が流れてるのに、気がつきもしないのだろう。
この国で働くという事の歯痒さと言うか、感覚のズレみたいなものについて、ずっと考えてきているけれど、割と色々な職業を経験してきた今、やっぱり社会のマニュアルについては沢山の問題が山のように立ちはだかっている。
まずは、小さい事からだろうなあと思う。
家族や友達・・・身のまわりの人を愛し、思いやることから始まって、電車や駅、スーパーやお店などですれ違う人々とだって、思いやりが必要だ。
本当は、ハワイみたいに、すれ違った時に、目を合わせて「アロハ〜」とか、「ハイ!」とか言えたらいいのになあと思う。
せっかく持って生まれた、目や、声や、手、色々なものを使って、人を愛してきたいですね。
そういう小さな心がけが、広がって行けば、きっと、マニュアルだらけのスーパーやデパート、企業・・・の在り方が変わってくるんじゃないかなと思っている。
とてもシンプルなこと程、理解されにくいものなんだ。
働くことを、楽しんでいますか?
aloha
love
Ryoco
追記:
現在、来年からの仕事について、大きく変えて行こうと思っているのですが、そのためには今より収入も減るだろうから、経済面を考えれば、引っ越しを考えないといけないなあ・・・と頭を悩ませているのだけど、いい案が生まれてこない。
ルームシェアとかも考えたりしているけれど・・・・
誰かと、気の合う人とルームシェアできればラッキーだなあ。
誰かシェアした人いるかしらん?下北辺りで!
今のマンション、更新したばっかりなんだけどねえ。(笑)
先日の日記の、あさちゃんと行った代々木公園のお話で、書き忘れたことがあった。
噴水近くのベンチに座った時、噴水の方を見たら、きらきらと、虹がかかっていた。
噴水の向こうにも噴水があって、虹の楽園みたいに虹が幾重にもかかっていた。
細かく霧になった、噴水の上の方にも、うっすらと噴水が出来ていた。
きれい〜〜
と、何度もあさちゃんは感動していた。
さきちゃんは、「うん、にじわかるよ」と言っていたけど、目線は違う方にあったような。分かっていたのかは謎だったけど、一緒に見れてよかったなあと思った。
そして、今日、たまたま自転車に乗って新宿へ向かう途中、ハワイ島のブログに書いた虹のことを考えていた。たしか、その後も虹を見たけどどのタイミングだったっけなあと、そんな感じで。
そして、ふと目を向けたその先に、ものすごい意外な場所に虹が出ていた。
それは・・・首都高の底面。コンクリートの薄汚い色のなかに、はっきりと鮮やかに浮かび上がっていた。何だか、虹が「いつも側にいるよ!」と言っているみたいだった。
そして、今日は何故かその後も、虹色が、数回に渡って視界に入ってきた。水もないし、空でもない場所で・・・
色が、生きていて、戯れてきているみたいに現われたから、ちょっと可笑しかった。
何とも、きれいで、嬉しくなった。
昔、どうしても辛かった時期、少し高かったけど、前世虜法を受けたことがある。
そこで見た事は、機会があれば、書こうと思っているけれど、その中で、色に関する質問があった。「何色が見えますか?」という質問だったような気がする。前世療法の最中に、私に見えた色は、まさに色とりどりだった。それを言葉に出すならば、虹色だった。
とてもきれいな光景だった事だけは鮮やかに覚えている。
そして、最近、私のイメージの色に関して、立て続けに二人の友人に同じ事を言われたのを思い出した。
最初は、ハワイ島の旅行中にMie に言われた。色とりどりの糸が織り込まれたテキスタイルを差して、「Ryocoちゃんはこういうイメージ」と言ったので、「私が昔履いていた、こんなような色合いのスカートのせいでは?」と聞いてみたら、力強く「関係ない」と言っていたのが印象的だった。
それはもはや、こじつけではなくてそう感じるの!という感じなのだと思った。
次は、miyuだった。中華街で、色とりどりの帽子をさして、同じような事を言っていた。
確かに、色とりどりは好きだけど!
そう言えば、ハワイ島から帰ってきてから、あちこちに、それこそ牧場にいる牛たちみたいに無数に、虹が出てくる夢を見たっけ。
もしかしたら、私の周りには、虹色が取り囲んでいるのかな。もしくは、虹色をした何かが。
それが、今日たまたま、「オレいるよ、いる!ここにね!」って、意思表示してくれたのかもなあと感じた。
そして、Mieやmiyuの同じ印象を聞いて感じたのは、人間は、そういう目に見えない色も、感覚で感じているものなのだと思った。
ついでに思うのは、
きっと、みんなの周りにも、虹色があるはず!という事だ。
あなたの今が、穏やかで喜びに満ちていますように。
Aloha,
Ryoco
どうやらこれは具合が悪いとしか言いようがないという所になって、ようやく健康について考える、人ってそんなもんじゃないかなあと思うけど、その機会が多い人は、とっても辛いかもしれないけれど、そういう機会が与えられた事を感謝しなければいけないなあと、私は思っている。
とはいえ、そんな風に思うようになったのは、ここ数年のことだけど。
と、こんな出だしで始まる今日の日記は、そうです・・・どうも具合が良くないから。
ちまたというかほんの身近では、風邪が大流行しているにも関わらず、それには全く動じていない私ですが。
何と言うか、やっぱり歳だなあと思う機会が増えた。
20代の時のように、少々の不規則くらい何のそのというわけには行かなくなっている。
老化は悲しいと、思うだろうけれど、切ないなあと思うにとどめたいなあと思う。
20代の頃は、「今」が愛おしすぎて、時間が過ぎて行くのが、引き裂かれる程、切なく痛かった。
だけど、遅かれ早かれ、この肉体は消えてなくなってしまう。実際に、Makiの死によって、それは現実なんだと実感もしている。
白髪が生えたとか、関節が痛いとか、どうも内臓が重いとかね、どうもリンパが滞っている気がするとかね、色々あるだろう。私は、割と小さい頃から、細かく身体が弱い部分があった分、結構自分の身体に敏感なので、老化現象もとても敏感にキャッチしている気がする。
それでも、こんな痛みは初だなあ〜とか、そういうのを感じると、明らかに心はどんどん若返っているのに、身体は違うんだなあと思ったりする。
ダイエットについて、よく話題になるし、どうやったら痩せるのかという事をしょっちゅう耳にする。
私は、本人が体調的に辛いと思う場合と、明らかに不健康に太っている場合、どう考えても見直した方がいい食生活をしている場合、意外は、ダイエットなんて特に考えなくてもいいんじゃないかなあと思うのだけど、どうかしら?
私は、最近、よく「やせた?」って言われるけど、多分、今の体重は私の中の標準くらいだと思う。
確かに、数字的には「痩せている」の枠に入っているけれど、例えば、ちょっと外食が多かったり、食生活が乱れて、私は太りやすい方だと思っているので、すぐにお腹が重く感じてくる。そうすると、多分周りから見たらあまり変わらないけれど、自分的にはかなり過ごしづらいすっきりしない感じなのだ。そんな時は、粗食にしてみると気持ちよく戻れる。
ダイエットの大方は、食生活で何とかなると思う。
ダイエットが難しい場合は、大抵食事が自分のペースで取れない忙しい人だと思う。それ以外は、ダイエットをしようと思わなくたって、自分で作った食事を楽しもうと思えば痩せると思う。
その時に、野菜中心で全て考えるのがポイントなんだけど、野菜って本当に素晴らしくって、楽しいから、きっとその楽しみを知ったら、ダイエットとか考えなくても自然に自分のあるべき体重まで痩せて行くのじゃないかなあと思う。
私は、野菜中心という意外は、量は結構食べているのに、体脂肪も体重も増えていない。
だけど、旅行から帰ってきて、アメリカ的食生活を少し引きずっているのか、どうしても毎日魚とかシーフードとかそういうものを含めてしまう。甘いものもね。そうすると、肉のつき方が変わってくるんですよね。
これは、本当に顕著だから凄いなあと思う。あと、外食では肉とか制限していないけど、やっぱり食べ過ぎると、何となく具合が悪くなる。美味しく楽しく食べても。
本当に、食材って言うのは、身体にとってとても大切なものなんだなあと思う。
80年代なんて、添加物とか着色料とか、化学調味料とかの全盛期だったのではないだろうか。そういう時期をあたりまえのように過ごしたからこその不健康さって言うのは、私たちの世代にはきっとあるんじゃないかなあと思う。気づかないだけで、きっとあると思うのだ。
身体は、とても繊細なものです。
私たちは、取り敢えず今生は、この肉体とずっとおつき合いして行くのだから、足の先から頭の先まで、思いっきり優しく、抱きしめてあげる事が必要なんだと思います。
それが、健康への第一歩だと思うのだ。
私たちの授かっているこの身体は、本当に不思議なくらいよく出来ている。
それについて、知らない事がたくさんある。こんなに、いつも一緒にいるのに。
身体について無頓着すぎると、必ず心と身体がバラバラになると思う。
それが、病気の要因でもあると思うし、私たちはそれについてもっと考えてもいい筈なのに、実際的な用事や時間の流れにかまけて、ないがしろにしがちなのだと思う。
とにかく、身体は大切にしてあげましょ!
その日の疲れは、しっかりお風呂で癒して、睡眠も取って。おいしい食事をして。
そして、今この瞬間を喜んで生きて。
これのどれかひとつでもかけると、必ずしわ寄せががくるなあというのが、私の実感です。
例えば、あまりにも疲れてて、眠たくて、お風呂は朝にまわすとか、そう言う場合ってあると思うけど、それはとてもよくないことだと思うのです。
身体に、ありがとうって労って、一日を締めくくりたいものですね。意外と、習慣がないと難しいけど、きっとそれだけでぐっと一体感が生まれると思う。
私なんて、(昔からやっていた事ではあるのだけど・・・)植物に話しかけるし、ものにも話しかけちゃう。最近は、とくに自然に話しかけている・・
でも、植物なんて特に、ちゃんと聞いてくれているような気がするんです。
愛の心が、自分の内ににうんと届いたら、自然と、外側にも光とともに現われてくるものだと思います。
そして、それは健康にもとても密接に結びついているのだなあ。
とにかく、健康は大切だ。
健康について考えるのも、とてもいいと思う。
それにしても、今日のお昼は食べ過ぎた・・・
あまりにもレベルの高い美味しいビュッフェをごちそうになって、思わず欲が出た。
夢のような満足度だった。
昨日といい、今日といい、思いがけず贅沢な食事をしてしまった・・
お店のスタッフも、素晴らしかった。
また行きたいけど、高いなあ・・・贅沢な値段だった。それなのに・・・待っている人がいる程混んでいた。
お金持っているひとは、こんなにもいるものですねえ。。。
さて!
よく食べて、よく出して、よく眠って、よく笑って
よい週末を!!
Ryoco
追伸:駅からうちまでの道に出来たお豆腐屋さんのお豆腐が本当に幸せな味だ。
お豆腐で、こんなに幸せな気持ちになれるとは思わなかったって言うくらい美味しい。
今日は、お姉さんがあかちゃんをおんぶしていたのに驚いて、前回買ったお豆腐の感想を言いそびれた。
店に置いてある植物も、とびきり素敵なのだ。
がんばって、続けて行ってほしいなあと思う。
大抵のオフィスにはコンピューターがいっぱいあるだろうと思います。
ハワイ島ではすっかり頭痛が解消されていたのに、帰ってきて暫くて、オフィスにいるあいだは、もう頭痛とかが凄い!家ではそんな沢山の電化製品があるわけじゃないから、酷くはならないし、痛みも消える。
これは、よそうでしかありませんが・・・おそらく、電磁波のせいだとおもわれます。
恐るべし。電磁波!
そうじゃないならば、悪い気が集まっているという事だ。悪い気が多くの人から出ているとか。。。そんなところかしら。
帰ってきて、植物たちに会うと、本当にほっとする。
風邪ひきさんが、かなり多い今日この頃。
そこのあなたも、あたたかくしておやすみくださいませ!
Aloha
よい夜を。
Ryoco
大学生の頃、ほぼ都心の小さな町にあった私の部屋には、色々な人がやってきた。
多分、6畳あるかないかくらいの広さだったにもかかわらず、少なくとも10人はいたって時もあった。
今考えると、恐ろしい...
どうしてそんなに人が入ったのだろうか?何をしていたのだろう?(笑)
その全てを思い出すのはとても難しいことだ。
だって、時間は今よりもっとずっと沢山あって、時間に縛られる事なく遊んでいたのだから。
あんなに時間があるのに、足りないと思っていたのだから、若さってどうしようもなくエネルギーに溢れている。その溢れるエネルギーは、使い方によって、どんな方向へだって行く事が出来る。いい意味でも悪い意味でも。
でも、その中で色々な事を知って行ったのだろうなあと思う。色々な感覚や知識もそうだし、人間関係についても。
今みたいに、メールですませるなんて事は全くなかったから、会ってその膨大な時間を共有していた。嫌な関係になるにしても、いい関係になるにしても、やっぱり会って時間を共有する事って大切だなあと思う。身体全部を使って感じた事は、絶対に経験として残るものだ。無駄な事なんて一切ないと思う。
そう思っているから、嫌な思い出もあったけど、今はそれらを思い出しても全然嫌な気持ちにならない。
これは、不思議な事です。あの時は、どうしようもなく苦しんだ事だってあった筈なのに。
それれに、自分の部屋に人が沢山いるのは、あんまり抵抗はなかったように思う。
今ではちょっと考えられない事だけど!
でも、何かきっかけさえあれば、案外私は人と生活を共にするのは苦ではないかも。相手が、相手に求め過ぎたり神経質でない限り。わたしは結構神経質で、潔癖性だと思っていたけど、それは思い込みで、基本的には脳天気なのかもしれないと、最近、私以上に神経質な側面を友人に見た時に、ふと思ったりする。
Aアニキに「リョウコはのーてんき、のーてんき」と言われ続けた大学時代・・・何度もそれに抗っていたけれど、真実かもしれない。。。。と今更しみじみ思う。(笑)
それに、私の部屋にはいっぱい物はあったけど、私的には宝物だと思っているそれらは、人が盗みたいと思うようなものではなかったと思うので、一つの心残りを除けば特にそういう窃盗の類の問題もなかったと思う。
唯一の心残りは、私が中学生か高校生のときにもらった四つ切か六つ切りくらいのウィレム・デフォーの、凄く渋くてかっこいいポートレートに本人が私の名前を入れてサインしてくれたものが盗まれたことくらい・・ ・今でも時々思い出して哀しい気持ちになる。
そんな学生時代、みんなと話した色々なことで、その時もの凄くためになった話は、もしかしたらあっという間に私の人生において重要ではなくなっていって、するりと抜け落ちていってしまっているかもしれないと思う。
忘れてしまったことについては、再び浮上してくるまでは、まったく宇宙の片隅に無数に浮かんでいる塵と同じようなものだ。
だけど、その流れで買って、読んでも何だか難しくってすっかり放置して忘れていた本などが、今頃「おお!こんな本があったっけ!?」と、急にもの凄い勢いで読み始める事もあったりする。
生きていると、もの凄く後になって、思考の続きがあったりする事もあるものだなあと思う。
それは、まあ今回は置いといて。
そんな風に、意外とくだらないようなことのほうが、よく覚えていたりするのが私。
それらをあげて行ったらきりがないけど、今回書きたかったのは、確かこれはボスが連れてきた、私と同級生でもあった、ドイツでは結構人気があるらしいバンドの人で、読めないファンレターが送られてくるというS君が言った話だ。(そういえば、彼がせっかくくれたそのバンドのCDもなくなったような・・・というか、本人 が持ち帰ったのかしら?)
血液型の話で盛り上がっていたとき、本当なのか嘘なのか、本当に色々な話が飛び交った。その中で、
「O型の人は、《場所》にもの凄い恋をしたりする」
みたいな事を言っていた。最後の、「恋」に関しては、私なりの印象でそう受け取ったのだけど、とにかく、場所に対してもの凄く強い気持ち(執着)を持つのがO型という話らしかった。「恋」は「愛」と言ったほうが、よりしっくりくるかもしれない。
これは、もともと誰が言った話なのかは分からないけれど、これについて、色々な局面で思い出しては、もの凄く納得したりしていた。人によっては、本当に場所は場所でしかないという場合があるのだけれど、私は本当に場所に対する思い入れが強いと思う。
これが血液型の話で片付けられている、というのもなんだか凄い話だけど。
私は、本当に場所に対して、本気で恋をしていると思う。
人に恋をするみたいな感覚が、場所に対して凄くある。
もっと言ってしまえば、風や木や花にだって本気で恋をする。
おかしいかしら?
私は、今回、ハワイ島へ行ってまさにハワイ島という場所に、恋をした。
この先、私が一生のうちで行ってみたかったいくつかの国全てに行く事が出来なくなろうとも、私はハワイ島に行きたいと思っている。
帰ってくる飛行機の中のあの感覚は、まさに大好きな人と別れた後の感じだった。
今まで、これは愛だったなあと思う、その他の場所は、東京だ。
これは、生まれた場所であるからかもしれないけれど、これはとても強烈だった。
さらに、東京の場合は、細かく具体的な場所に対して、恋があり愛があると思う。
それは、生まれた時からそうだったと思う。
幼い頃の、東京へのこだわりは、今よりもっと凄かった。
母の実家の鹿児島に行った時なんて、それが顕著に出て大変だった。その感覚をはっきり覚えている。
きっとそんな気持ちがなければ、鹿児島はとてもいい田舎であっただろうに・・
多分、私はきっとこの東京という場所を選んで生まれてきたのだろうと思う。
そのくせ、自然や動物が大好きだったのだから、矛盾しまくっていたのだけど・・・
勝手に、想像するならば、私の前世はとても自然に囲まれて育って、都会に憧れていたとか・・・(笑)
その他に強く惹かれた場所をあげてみると・・・それは、やっぱり沖縄。
そして、何と言っても、ニューヨークだ。
どうしようもなく大好きだった。
色々旅行しているわけじゃないからあれですが・・・金沢も思い出すとちょっとキュンとする。
だけど、あれほど執着のあった東京やニューヨークなどの都会、今でもとても愛しているけれど、
それらを上回るくらい、今はハワイ島なのだった。
何でしょうねえ。
ハワイ島を愛してしまったから、住みたくて仕方ない。
ただ、自分の快楽のためだけに住みたいというわけではなく、都会の喧噪から逃げたいというのとも違う。
あそこには、私の一番大切に思っている愛に溢れていて、それに関するすばらし事が溢れている。
学んで得る物も、確実に沢山ある。自分が心から気持ちがいいと感じる事が出来たら、それを愛する人たちに惜しみなく還元して行き、助けになるのではないだろうかという気がしてならない。これは、あくまでも強い直感としてそう思うと言うレベルの話だけれど。
大げさな事ではなくて、私の根本には、(常にまずは愛する人から出発するのだけれども)他人の力になりたいという事が常にある。だから、ハワイ島に住んで学びたいと思ったというのは、ごく自然な欲求なのだと思う。
人が苦しんでいる状態は、とても私にとって辛い事でもあるから、私はそれに全力で助けになる事をしていきたいと、常に考えて生きている。
さて。
そんな、遠〜い過去に、ぽろりとS君がもらしたその何気ない一言に、長い間、心から納得しつつ、
「本当に私って典型的なO型かもしれない〜」
と思っている私って、これまた、O型ならではの大ざっぱな単純さなのかも・・・
どうかしら?O型の皆様!
よい週末を!
Aloha,
Ryoco
追記:
東京に戻ってきて、電磁波に囲まれて生活しているせいか、
疲れて殆ど眠ってしまっています・・・
そして、すっかり忘れていた、肩こりと頭痛が復活していた。
恐るべし。
文明の奴隷にならないように、せめて、そう言う事には抗って生きていこう。